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炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第二巻

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 ミニョンの問いかけに、ウルメは烈しく身体を震わせながら応えた。
「王妃は女の子を産む。されど、その赤児は長くは生きられぬ宿命。そして王妃も」
 言いかけ、ウルメはヒィーっと断末魔のような声を上げるなり、パタリと倒れた。
「何なのだ、これは」
 申尚宮がいかにも薄気味悪そうに問うのに、ミニョンは悪びれもせず応えた。
「ですから、占いにございます」
「まさか死んだわけではないわよね」
 オクチョンが案じたのは占い師の安否だったが―。ミニョンは微笑んだ。
「ご案じ召される必要はありません、尚宮さま。ウルメは一時、正気を失っているだけです。見えないものを見るには相当の能力を使うため、占いを行った後、しばらくは放心状態になります」
 申尚宮は深刻な面持ちで言った。
「イ女官。即刻、その胡乱な占い師をこの殿舎から追い出すのだ」
「ですが、申尚宮さま、このウルメは強大な力を持つ占い師です。さる両班の奥方は結婚以来二十年間、子宝に恵まれず、あらゆる手を尽くしても効果がなく悩んでいたところ、このウルメの祈祷のお陰で、二十年目めに懐妊したそうです」
「そのような話、大方、この者が金儲けのために広めた噂であろう」
 申尚宮が苦り切った表情で言うのに、ミニョンは真剣にな顔で首を振った。
「いいえ、申尚宮さま。はったりなどではありません。私は直接にその両班の奥方に会って確かめてきたのですから」
 しかも、その両班というのが前礼曹判書の子息の夫人であるという。祝言以来、夫人に懐妊の兆しなく、寺参りから高価な清国渡りの薬とあらゆる手立てを試したものの、子は授からず、ウルメの評判を聞きつけ、藁にも縋る想いで祈祷を以来した。
 その結果、三度めの祈祷の後、祈祷から一ヶ月もしない間に懐妊が判った。
 ついふた月ほど前には、高齢であるにも拘わらず安産で男の子が生まれたそうな。
「愚か者めが」
 申尚宮は立ち上がり、ミニョンには頓着せず若い女官を数人呼び集め、ただちにウルメを殿舎の外に連れ出すように命じた。
 オクチョンは黙り込み、考えに耽るような表情ですべてを見守っている。その側で申尚宮が静かな声音で告げた。
「どのような了見で、あのような邪悪な者を連れてきたのだ」
 申尚宮に問いただされ、ミニョンは即答した。
「ウルメは邪悪な占い師ではありません」
「そなたの思慮のなさが我らが尚宮さまをどれほどの窮地に追い詰める危険があるか、考えも及ばなかったと?」
 申尚宮の激高した様子とは裏腹に、オクチョンが初めて穏やかに言った。
「ミニョン、あなたの私を思ってくれる気持ちはとてもありがたいと思うわ。でもね」
 オクチョンはミニョンを真正面から見つめた。
「人の生き死ぬは神仏の領域だわ。私たち人間が関与するべきではないと思うの。ウルメが途方もない能力を持つというのも嘘ではないでしょう。あの者の放つ雰囲気、先刻の変わり様は確かにただの芝居だとは思えない。ウルメがその力を使って子のない夫婦に子を授けたというのなら、それはその夫婦にとっては願ってもない幸福だわ。ウルメは間違いなく邪悪ではなく、その夫婦には神仏よりもありがたい存在でしょうね」
 ミニョンが意気揚々と言った。
「ですから、尚宮さま、あの者に祈祷を頼んでみてはいかがかと思うのです。ご無礼を承知で申し上げますが、尚宮さまには国王殿下のご寝所に幾度招かれてもご懐妊の兆しがなく、中殿さまに先を越されてしまいました」
「無礼な、そなた、尚宮さまに向かって何という物言いをするのだ!」
 申尚宮がミニョンの明け透けな物言いに柳眉を逆立てる。オクチョンはそれを手を挙げて制し、ミニョンの言葉に静かに聞き入った。
「ゆえに、ここは是非ともウルメに祈祷を行わせ、尚宮さまにも御子を、しかも王女さまではなく王子さまを身ごもっていただくようにしたいと思うのです。是非ともウルメの祈祷をお受け下さいませ、尚宮さま」
 ミニョンの期待に満ちた瞳に、オクチョンは静かに首を振った。
「要らないわ」
「尚宮さま!」
 ミニョンが悲鳴のような声を上げる。
「何も特別なことをするわけではありません、ただ、尚宮さまの産まれ年とお生まれになった日を紙に記し、あの者に見せるだけで良いのです。尚宮さまが痛い想いをすることも何も―」
 言いかけるミニョンに、やや厳しい語調で覆い被せるように言った。
「そうやって、中殿さまのお腹の御子の性別も見させたわけね」
「―」
 ミニョンが言葉を失った。
「あなたが先ほど、ウルメに見せた紙には、中殿さまの生年月日が書いてあったのでしょう、違う?」
 言葉もなくうなだれるミニョンに、オクチョンは優しい声で続けた。 
「あなたの私を心配してくれる気持ちは、本当に嬉しい。その言葉に嘘はないの。ただ、今し方も言ったように、子宝は授かり物で、神仏がいずれ良きときを見計らって授けて下されるものだと考えているわ。ゆえに、私に子が授からないのは、いまだそのときではないからだと思うの」
「ですが、尚宮さま、もしこの先、ずっとご懐妊の気配がなかったら、いかがなさるのですか?」
 親友だからこその率直な問いかけだ。オクチョンはやわらかく微笑んだ。
「そのときは仕方ないわ。私は殿下を心からお慕いしているけれど、気持ちだけで身ごもれなかったというわけね」
「それが運命だと受け入れるということですか?」
「そうよ」
 オクチョンは小さいが、はっきりと応えた。
「ミニョン、天の配剤という言葉を知っている?」
「天の配剤、ですか」
「そう。何事も人の運命は予め決められているということよ。たとえ私たち人間がどうあがいても、結果として収まるべきところに人は収まるの。たとえ、その結果が良いものであったとしても、そうでなかったとしてもね」
 オクチョンは何気ない口調で続けた。
「ウルメがどうなったか、やはり心配だわ。ミニョン、少し見てきてくれるかしら」
 ミニョンが出ていった後、申尚宮が吐息混じりに言った。
「イ女官が尚宮さまをお慕いする気持ちには、深いものがあります。だからこそ、余計に思い切ったことをするのでしょうが、こたびのことはあまりにも思慮分別に欠ける行いにございます」
「そうね。ウルメほどの能力を持った占い師ならば、その存在を知る人も当然多い。そのウルメが後宮の女官と繋がりを持ち、しかもその後宮にまで呼ばれていったなんて、あっという間に話はひろがるわ。そうなった時、かなり私の立場は厄介になるわね」
 オクチョンも憂い顔で応えた。
「私、何とか話を広めずに済まないか、手立てを考えてみます」
 申尚宮が疲れ切ったような表情で立ち上がり、オクチョンは一人残された。
 そう、ミニョンはミニョン自身のことよりもオクチョンのゆく末を案じてくれている。だからこそ、オクチョンもミニョンの軽率な行動を責められないのだ。
 申尚宮は力を尽くしてくれるに違いないが、最早噂をもみ消すのは不可能だろう。
 いつだったか、大王大妃が言っていた。
―良いか、心しておけ、オクチョン。後宮という場所ほど噂好きの者が多いところはない。特に悪しき噂ほど、野火が枯れ野にひろがるがごとくの勢いでひろまるものだ。しかも、余計な尾ひれをつけてのう。