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炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第二巻

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 まさに白梅の堅い蕾が春の光を浴びて、ゆっくりと開くように、少女だった王妃は美しい大人の女性へと変貌を遂げた。入内して二年後、オクチョンはスンと王妃が?初夜?を済ませたと知った。むろん、婚礼当日に形式だけの初夜は済ませていたが、王妃のあまりの幼さに、王の方が妻の女としての成長を待ったのだ。
 つまりはスンはそこまでの優しさを見せるほど、新しい王妃を気に入ったということだった。なるほどと思う。オクチョンが男だったとしても、新しい王妃のような女性であれば大切にしたいと思うだろう。
 王妃が女ながらに漢籍にも通じ、男並みに聡明なことも知れていたが、けして学識をひけらすこともない。聡明な上に控えめで、しかも美しい。流石はたくさんの候補者の中から王妃に冊立されただけはある女性といえた。
 オクチョンはもう若くない。まさに花の匂うような若々しい王妃に比べて、スンが昔ほど魅力を感じなくなったとしても、スンを責められはしない。
 花見の宴は滞りなく進んだ。列席者には酒肴や贅を尽くした料理の数々がふるまわれ、一座には和やかな雰囲気が漂った。ごく内輪の顔揃えでもあり、隣り合った列席者たちは静かに談笑し、春に咲く花の美しさにしばし酔いしれた。
 だが、オクチョンは最初から除け者にされていた。末席に座ったオクチョンに話しかけてくれる者はいない。彼女は一人、ぼんやりと花を見つめては、適当にご馳走を食べ時間を何とかやり過ごしていた。これが常の宴であれば失礼のない時間まで過ごし、退席もできる。しかし、それでなくとも気難しい大妃主催の宴なら尚更、途中で立つのは難しい。
 隣の婦人は、数代前の王の六男を始祖とした王族の家系だという。王族といえども、はや現在の王室とは血の繋がりも薄く、そういう傍系の王族女性まで招かれているのだから、参加者が多いのも当然だ。
 この女性はオクチョンと歳も近く、三十そこそこのようである。オクチョンは何とか話の緒(いとぐち)を見つけようとしたけれど、向こうにその気がないというより、はっきりと避けられていると判った。やはり大妃をはばかってオクチョンと拘わりたくないのだと判った。
 オクチョンがそっと吐息を洩らしたその時。澄んだ声音が降ってきた。
「張淑媛」
 ハッと顔を上げると、白梅のような女性が文字通り、花のような笑みを浮かべている。
「中殿さま」
 オクチョンは即座に立ち上がり、王妃に失礼のないように腰を折った。
「そのように畏まらないで欲しい。私たちは立場は違えども、同じ良人に仕える者同士ではないか」
 年若い王妃は笑みを絶やさず、オクチョンを促した。
「少し花を見て歩かぬか?」
 断るわけにもゆかず、王妃について庭を歩く。天幕から少し離れた片隅には、紅白それぞれの梅がつがいのように隣り合って植わっていた。今が満開で、咲き誇る梅の花からかすかな芳香が風に乗って流れてくる。
 温かな陽射しが降り注ぎ、まさに夢の世界のように穏やかで美しい光景であった。
「美しいな」
 王妃が言うのに、オクチョンは頷いた。
「百花繚乱とは、まさにこのような景色をいうのでしょうか。まさに、夢のような風景です」
 と、王妃がクスッと笑った。淑やかな外見に似合わぬお転婆な少女めいた仕草に、オクチョンは瞠目する。
「私が何か失礼なことを申し上げましたでしょうか、中殿さま」
 王妃は首を振った。
「違う、そうではない。誤解するな。私が美しいと申したのは、張淑媛、そなたのことだ」
「私が、でございますか?」
 予期せぬ話の展開に、オクチョンはますます当惑する。
 王妃の口調は親しみのこもったものだった。
「国王殿下のご寵愛を長くに渡って頂く張淑媛。どのような女性なのかと興味深く考えていた。流石に美しく、また物腰も優雅で洗練されている。しかも殿下のお話では、外見だけでなく、その心もまたとなく美しく清らかな人であるとお聞きした。どうやら、お話は真のようであるな」
「私ごときに勿体ないお褒めの言葉、畏れ入ります」
「お世辞ではない。私自身がそのように感じたゆえ、申している」
 オクチョンは控えめに応えた。
「私の方こそ、中殿さまの花のようなお美しさは眩しくて、まともに見られない想いが致します」
 オクチョンの言葉に、王妃は笑った。
「若さなど所詮は一時のもの。時が過ぎれば、花は色あせ散るのが運命だ。さりながら、張淑媛。そなたの美しさは時を経てもなお色あせず輝いている。まさに、そなたの心の清らかさが外面に現れ、そなた自身が光り輝いているのではないか。だからこそ、殿下もそなたをずっと片時も離さず、ご寵愛なさっておいでなのであろう」
 王妃が言い終えた時、向こうから楊尚宮が急ぎ足でやってくるのが見えた。随分と慌てた様子である。
「どうやら迎えが来たようだ。張淑媛、そなたとは一度、ゆっくりと話したいと思うていた。良ければ、明日にでもまた訪ねてきてくれ」
「中殿さま、お姿が見えないと思いましたら、このようなところにおいででしたか」
 楊尚宮は王妃の背中越しに、オクチョンに鋭い一瞥をくれた。あまりにもあからさまな憎悪のこもった視線に、オクチョンの心はしんと冷えた。
「賤しい者と交わられては、中殿さまの体面にも関わりますゆえ、あちらに戻りましょう。大妃さまも中殿さまをお探しになっておられます」
「楊尚宮」
 刹那、王妃の表情も声音も別人のように厳しくなった。
「賤しい者とは、誰のことを申しておる」
「それは」
 楊尚宮は気まずげに押し黙った。
「万が一、張淑媛のことを申しておるなら、たとえ長年側に仕えたそなただとて許しはせぬぞ」
 王妃は厳かにも聞こえる声音で続けた。この瞬間、わずか二十一歳の王妃の圧倒的な存在感に、ベテランの楊尚宮が完全に呑まれていた。
「張淑媛は国王殿下に私よりも長くお仕えしてきた功の者、後宮では当然、重んぜられるべき存在だ。尚宮ごときが軽んじて良い方ではない」
 オクチョンは眼を見開いて王妃の言葉を聞いていた。王妃はオクチョンを?軽んじて良い人?とは言わず、?方?と敬称で呼んだのだ。
 この若い王妃は並みの人物ではない。その瞬間、オクチョンは憎悪を露わにする楊尚宮や大妃よりも、この王妃の方が敵に回せばはるかに恐ろしい人だと悟った。
「今後、そのような無礼な物言いは一切許さぬ」
 王妃は依然として厳しい声音で言い、オクチョンには微笑を向けた。
「張淑媛、お付きの者が失礼をした。それではまた後日、逢えるのを愉しみにしている」
 後には、茫然としているオクチョンだけが残された。
 風に乗って芳香が流れてくる。オクチョンはつと頭上を見上げ、凜として咲き誇る梅花たちを見た。
 スンが迎えた二度目の妻仁顕王妃は、まさにこの梅花のような、凛としていながら優しい女性であった。
 王妃が言うように、自分も王妃と話してみたいと思っていたのだ。こうして間近に接してみて、王妃が予想どおりのひとだと判ったからには、是非とも明日、中宮殿を訪ねてみようと思った。

 ところが、翌日からオクチョンは軽い風邪を引き込み、病臥してしまった。微熱が数日以上続き、下がらない。その中に、ろくに食べもしないのに吐き下しも伴い、スンは随分と心配した。