炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第二巻
「可愛いな。こうして弄ってやると、色が変わる。最初は桜色だったのに、今は熟した果実のようだ」
唾液に濡れ光る乳房を見ながら、スンがまた恥ずかしいことを言う。
「これで終わりにしようかと思っていたけど、もう一度できそうだな」
「え、嘘でしょう」
オクチョンが眼を見開く。スンがニヤリと笑い、言い終わらない中にオクチョンは褥に押し倒されていた。
ひと息に剛直に最奥まで貫かれ、オクチョンは衝撃に悲鳴を上げた。まだ快楽の余韻の残る秘所はたちまち切なさに支配され、慣れきったスン自身をやわらかく包み込んでうねった。
「オクチョン」
感じ入ったようにスンが恍惚りと呟く。二人は次の高み目指して共に上り詰めてゆき、オクチョンはスンが彼女の中で果てるまで、また甘く啼かされ続けたのだった。
数度目の嵐の後、スンは漸く満足したかのようにオクチョンの中から出ていった。あまりにも長い間、彼自身に満たされていたため、彼が出て行った後は喪失感を感じてしまったほどだ。
スンが彼自身を引き抜くときの小さな動きさえ、過敏になりすぎた身体には刺激となり、オクチョンは洩れそうになった喘ぎを辛うじて堪えた。
事後、二人は汗で濡れた褥に抱き合って横になった。重なり合った彼の胸の鼓動が速い。二人の鼓動が重なって、一つに溶け合うのではと思うほど、ぴったりと身体が重なり合っている。
けれど、もうすぐ別離の時間がやってくる。スンは宮殿に戻り、オクチョンはいつまでここにいなければならないのか判らない。
それに、彼はもうすぐ別の女人を後宮に迎えるという。大王大妃に諭されるまでもなく、オクチョンは自分の立場も周囲の状況もちゃんと理解していた。
奴婢出身の自分は側室にでさえなるのは難しいのに、王妃にだなんてなれるはずがない。考えるだけでも恐ろしいことだ。
いや、何も自分は王妃になりたいのではない。スンがまた別の女性に優しく微笑み、こうして腕に抱くのが嫌なのだ。そして、新たに迎える女人はあっさりとスンの?妻?になれる。誰からも祝福され、認められるスンの妻に。
オクチョンの胸にふいに大きな哀しみがわき上がった。
スン、スン。私は王妃さまになりたいと願ったことはないけれど、あなたの唯一無二の存在になるためには、王妃の地位に昇るしかないのね。
たとえ幾人の妻が侍ろうと、王妃以外の女はすべて側妻にすぎない。王の隣に並び国母と尊崇される女人こそが王のただ一人の?妻?であり、王の唯一の女なのだ。
我が身が王妃になる日は永遠に来ない。大好きな男の?一番?になれる日はないのだ。
今まで誰を妬んだこともないが、今だけは皆から祝福されてスンの妻になるという新しい王妃が妬ましかった。
―私の心は醜くなってしまったわ。
本来、人を愛するのは美しいことだと思うのに、スンを愛してから、オクチョンは欲張りになってしまった。一度はスンの側にいられるだけで良いからと、その他大勢の女の一人として後宮で生きる覚悟をした。
でも、いざ現実になれば、やはり大好きな男のたった一人の存在になりたいと願ってしまう。スンの正妻になるというまだ顔も知らない女性にどす黒い気持ちを抱いてしまう。
あまりにも浅ましく変わり果てた自分の心に、オクチョン自身が衝撃を受けた。
オクチョンの白い頬を大粒の涙がころがり落ちる。
「オクチョン、泣いているのか!」
スンの声に狼狽が混じった。
「スン、私、汚いわ」
オクチョンは泣きながら訴えた。
「汚い、とは?」
スンは本当に訳がわからないようである。オクチョンはしゃくり上げた。
「あなたが新しい奥さんを迎えると聞いて、まだ見たこともない方を妬ましく思ったの。子どもの頃から、母に言い聞かされて育ったわ。自分のもっていないものを数えて誰かを羨ましく思うよりは、自分がもっている幸せの数を数えて感謝しなさいって。でも、今の私にはそれができないみたい」
「オクチョン―」
スンが言葉を失った。
「ごめんなさい。こんなことを言っても、スンを困らせるだけよね。大王大妃さまもおっしゃっていたわ。国王は国王でいる限り、独身でいるわけにはゆかない。私、あなたを困らせるつもりはないのに」
涙が止まらない。オクチョンは泣きながら、スンの胸板に顔を強く押しつけた。
「そなたを中殿に立てることができたなら良いんだが」
何気なく放たれたひと言に、オクチョンは身を強ばらせた。
「駄目よ」
悲鳴のような声に、スンが眼を瞠った。
「賤民出身の私は絶対に王妃さまにはなれないわ。仮にあなたがごり押ししてそんなことをしたら、それこそ大王大妃さまが言われていたとおり、この朝鮮国が乱れるでしょう。絶対に、そんなことは考えないで。私なら平気だから。もう、泣かないから」
そんなつもりではなかった。ただ、新しい王妃に対して醜い嫉妬をしてしまい、あまりにも醜くなった我が身の心のあり様が哀しかったのだ。
自分は一体、どれほど恐ろしいことをしてしまったのだろう。あろうことか、スンの口からそんな言葉を引き出すなんて。
だが、スンは名案を思いついた子どものように眼を輝かせている。
「オクチョン、俺の子を産んでくれ」
オクチョンは息を呑んだ。
スンが意気揚々と続ける。
「俺の子を産めば、そなたを中殿に冊立できる名分ができる。女の子では駄目だ、男の子を王子を産んでくれ。そうすれば、後は俺が何とかしてみる」
オクチョンは涙の滲んだ眼で首を振った。
「スン、私だってスンの子どもを一日も早く授かりたいと願っているわ。でも、できれば男の子ではなく、女の子が良い。側室の産んだ娘でも、王の娘なら大切にして貰えるわよね? 大切に育てて、いつか嫁がせるときも側室ではなく、正室として誰かの奥さんになれるでしょう。私は自分の娘に辛い想いをさせたくないから、男の子ではなく娘が欲しい」
「オクチョン」
スンの声も涙混じりだった。
その後も、互いに少しでも離れまいとするかのように、二人は肌を合わせ、オクチョンの寝所からは艶めかしい声が暁方までひそやかに聞こえ続けた。
夜明け前には宮殿に戻ると言っていたスンだったが、結局、帰ったのは陽が高くなってからである。
ミニョンが運んできた朝食を水入らずで食べつつ、オクチョンは問うた。
「こんなに遅くまで大丈夫なの? 大妃さまにここに来たのを知られてはまずいのではないかしら」
その時、ミニョンは運んできた小卓を置いて、部屋を出るところであった。スンから手紙一つ来ないことについて、ミニョンはかなり憤っていた。
―国王殿下がここまで薄情な方だとは存じ上げませんでした。もし良人がこのようなことをしたら、私は即、離縁状をたたきつけてやりますわ。
ぷりぷりと怒るミニョンの様子に、普段からスンが
―ホ内官は新妻の尻に敷かれっ放しのようだ。
と、笑いながら教えてくれたのも嘘ではないと改めて思うオクチョンだったのだけれど。
昨夜、やっとスンがオクチョンを訪れ、ミニョンはオクチョン本人より機嫌が良い。室を出るときもオクチョンに明るく微笑みかけ、いそいそと出ていった。
オクチョンの問いに、スンは肩を竦めた。
作品名:炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第二巻 作家名:東 めぐみ