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炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第一巻

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 いきなり身体が宙に浮き、オクチョンは小さな悲鳴を上げた。気が付くと、自分はスンに軽々と抱き上げられ、褥に運ばれていた。
 豪奢な絹の褥にそっと壊れ物のように降ろされると、身体が沈みそうになる。こんな上等のやわらかな褥を使ったことはない。
 スンが覆い被さってくると、オクチョンは反射的に手を突っ張って彼を拒もうとした。スンがいやなのではない。初めて男に触れられ、受け入れる未知への恐怖だ。
 スンは察したらしく、優しい声音で囁く。
「怖がらなくて良い、できるだけ優しくするから」      
 そのひと言で、オクチョンは身体から力を抜いた。
 そう、大丈夫。スンは私を傷つけたりしない。彼に任せておけば良い。
「良い子だ」
 大きな手で髪の毛を愛しむように撫でられる。その手の感触が気持ちよくて、彼女は恍惚りと眼を閉じた。
 その手が次第に下に降りてゆく。すべらかな頬、唇、鎖骨を通り、夜着の上から胸のふくらみに触れられた時、彼女の華奢な身体がびくっと跳ねた。
 また唇を塞がれる。スンは口づけをしながらも、手はオクチョンの身体のあちこちを辿った。彼の手が触れる度、彼女の身体には小さな焔が点る。焔が点った場所には得体の知れない熱が生じ、鼓動は嫌が上にも速くなった。
 そういえば、最初から彼に見つめられたり、触れられたりしただけで、オクチョンの鼓動はこんな風に速くなったりした。
 このままでは、自分がどうなってしまうのか判らない。少し怖くなって彼女は身をよじった。
「どうかした?」
 オクチョンの首筋に唇を押し当てていたスンが顔を上げて訊いてくる。
「あのね」
 彼女は顔を真っ赤にした。
「こんなことを言うのは、はしたないと思うんだけど、スンに触れられると身体が熱くなるの。今夜だけではなく、最初に逢ったときから。ちょっと触れられただけでも鼓動が速くなって顔が熱くなるのに、こんなにたくさん触れられたら、どうなるのかと思うと少し怖くて」
 スンがクスリと笑みを洩らした。
「オクチョン、可愛いよ」
「え?」
 こんなことを言う女は、はしたないのではないか。そう言おうとした唇をまたしてもオクチョンは烈しく奪われた。今度の口づけはまるで虎が捕らえた野ウサギを食らおうとするかのような飢えた接吻だ。スンとは何度も口づけを交わしたけれど、こんなに獰猛で嫌らしい口づけは初めてだ。
 彼に身体ごと食べ尽くされてしまいそうで、少し怖い。怯えが彼に伝わったのか、スンが笑い、また髪を撫でられた。まるで、この上なく大切な宝物を愛でるような優しい手つきで。
 不安にざわめいていた心が落ち着いてゆく。
「オクチョン、そなたほど愛しいと思った者は他にいない。初めて焔の中に飛び込もうとしたそなたを見つけたときからだ。あのときは、そなたをただ守ってやりたいと、自分の身の危険も顧みず、幼い者を助けようとしたそなたの強さと優しさに魅せられた。さりながら、今はそなたのすべてが欲しい。俺に、そなたの全部をくれるか?」
 真摯に告げられて、彼女の眼に新たな涙が滲む。
「私もよ、スン。初めて逢ったときから、あなたが忘れられなかったわ。誰も助けてくれようとしなかったのに、あなたは躊躇いもせずに燃え盛る焔の中に飛び込んでいったもの」
 もう、この想いは抑え切れない。
 オクチョンは自らも細い腕を伸ばし、スンの背に回した。
「そなたのすべてを奪い尽くしたい」
 スンの美しい双眸の奥底に、男の欲情を宿した光が妖しく閃いた。
 
 オクチョンはスンの腕に包まれ、幾度も夢を見た。それは幸せな夢だ。
 大好きな紅吊舟の花が一面に群れ咲き、清涼な夏の風に揺れている。花はオクチョンの最も好きな薄紅色(ピンク)が多い。
 オクチョンは笑いながら、紅吊舟の中を走っている。
 あるときは咲き誇る満開の垂れ桜を見上げている。紺碧の夜空を飾るのは蒼褪めた満月で、風もないのに、時折、はらはらと花びらがちり零れていた。
 また、あるとき巨大な蓮池を埋め尽くす銀の蓮花を眺めている。冴え冴えとした月光が蕾たちを銀色に染める月夜、オクチョンは夜空を飛翔しながら、鳥のように空の高みから銀色の花たちを見降ろしているのだった。
「―ぁあっ」
 彼女を貫いたスンが腰を動かす度、例の得体の知れない熱はどんどん高まってゆく。彼を受け入れた場所はもうこれ以上はないほど熱が高まり、オクチョンは快感と同じくらいの苦悶に喘ぎ、身体をのけぞらせた。
「スン」
 熱い、身体が熱くて堪らない。彼によって身体中に点された小さな幾つもの焔はいつしか大きな一つとなり、今やオクチョンを呑み込もうとしていた。
「スン」
 彼女は堪え切れず、スンを呼ぶ。
「オクチョン、気持ちが良いか? 俺も蕩けそうだ」
 彼の声も熱く濡れている。これまで聞いたことがない、別の男のもののようだ。
 はしないことに、彼の熱い吐息を耳朶に吹きかけられただけで、また身体が熱くなる。
「オクチョン、オクチョン」
 スンの腰の律動が速くなる。その度に、オクチョンは取れたての魚のように細い身体をのけぞらせた。
 弓なりになった彼女の胸が、スンの顔に迫れば、彼はオクチョンの豊かに波打つ乳房をすかさず咥え、音を立てて吸った。空いている方の乳房は緩急をつけて揉まれる。
 彼女の白い肢体には、所有の証を刻印するかのようにスンによって刻まれた紅い接吻の痕が無数につけられている。スンは彼女と繋がったまま、自らが刻み込んだ所有の印に一つずつ口づけていった。
 白いたおやかな身体に、数え切れないほどの紅い花が咲いている。
 ドクリと自分の胎内の奥深くで熱い液体が弾けた。
「うぅっ、あ、あぁ」
 彼が放った液体が複雑に折り重なった彼女の淫花の花びらに染みこんでゆく。ゾクリと、妖しい震えが身体中を駆け抜け、彼女はついに極めた。
「―熱い、熱いの、スン」
 焼け付くような熱に身体ごと燃えてしまいそうだ。オクチョンは手を伸ばしてスンに縋りついた。
「美しい、俺のオクチョン」
 スンが恍惚とした表情を浮かべ、オクチョンを見つめる。スンはオクチョンの身体をきつく抱きしめた。
 寝乱れた褥の側には、脱ぎ捨てられた二人の夜着が散らばっていた。
 夜が更ける頃には、点された枕辺の燭台の灯火も燃え尽きて消えた。それでも、ひそやかな衣擦れの音、あえかな息づかいは朝まで途切れることはなかった。
 恋人たちの長い夜は、まだやっと始まったばかりである。

―オクチョン、そなたほど愛しいと思った者は他にいない。俺に、そなたの全部をくれるか?
 彼は、真摯な瞳で私に言った。
 そして、私は彼の差し伸べた手を取ったのだ。私は彼を心から愛していたから、彼の側で生きてゆくのは、ごく自然に思えた。
 けれど、この時、私はまさしく橋を渡ったのだ。その橋は二度と引き返せない橋、修羅の橋。この瞬間から、私は険しい道を歩くことになる。
 思えば、彼同様、私もひとめで彼に心奪われた。あの深くて幾つもの夜を閉じ込めたような漆黒の瞳に溺れてしまいたいと願った。
 彼に見つめられたあの出逢いの瞬間から彼に引き寄せられるように魅了され、離れられなくなってしまったのだ。