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炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第一巻

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「言い訳はたくさん。あなたが私にしたことは、結局、同じことでしょ」
 語気鋭く言った。本当なら、国王さまにこんな物言いをしたら、それこそ不敬罪でその場で手打ちにされても不思議ではない。けれど、心がついてゆけなかった。
 龍袍を着ているからには、間違いない。この男はこの国の王なのだ。でも、自分が生まれて初めて愛した男が王だなんて、到底受け入れられない、信じられない。
 オクチョンは大粒の涙をこぼしながら叫ぶ。
「面白かった? あなたが国王さまだとは知らずに、あなたを好きになって夢中になった私を嗤っていたのね」
「そんなはずがない」
 スンが苦しげに言った。
「頼む、オクチョン、俺の話も聞いて―」
 オクチョンは彼に皆まで言わせなかった。
「聞きたくないわ! 今更、何を言われたとしても、言い訳にしかならないのは判っているでしょう」
 オクチョンの脳裏に、彼と出会ってからの様々な記憶が溢れていた。
―王にも親はいる。オクチョンが母御を大切なように、王も大妃さまを大切だと思われているのだろうな。
 若い国王が成人してもなお母大妃の言いなりになることについて、オクチョンが辛辣な意見を述べた時、彼はそう言った。何故、彼が国王や大妃を弁護するのか、オクチョンは彼が王族だからかと思ったのだ。
 しかし、その読みはまったく違っていた。スンは王族どころではない。まさに、国王粛宗その人であった。オクチョンを今、眼の敵にしているという大妃はスンの大切な母親なだ。
―妻はそなただけと約束はできない。立場上、俺は何人かの妻を迎えなければならないからだ。
 求婚された際、そう言われた。あのときは何という残酷な科白かと思ったけれど、スンが国王ならば、当然ともいえた。国王はたくさんの妻を持ち、より多くの子孫を儲けて次代に王室の血筋を繋がなくてはならない。だからこそ、国王ただ一人のためにたくさんの美姫が集められた後宮が存在する。
 オクチョンの胸の前で堅く組み合わせた手が小刻みに震えた。
「私、あなたを信じていたのに」
 涙は堰を切ったように溢れ出し、彼女の頬を濡らした。
「スン、あなたは私に言ったわよね。人を信じすぎてはいけない、人の好いのもたいがいにしろって。でも、忠告してくれたあなた自身が私を騙していたのよ?」
「―怖かったんだ」
 スン―粛宗が唐突に発した言葉は、オクチョンの想定外のものだった。
「怖かったですって?」
 思わず問い返すと、スンはかすかに頷いた。
「あなたはこの朝鮮の王なのに、何が怖いというの? あなたがその気になれば、何だってできるし、この国ではスンの思いどおりにならないことはないでしょうに」
「そんなはずがない」
 スンが半ば自棄のように呟いた。
「オクチョン、そなたは本気で言っているのか? あの日―しだれ桜を見ながら、俺が話したことを憶えている?」
 スンが切なそうに綺麗な眉をギュッと寄せた。
「あの時、俺は言ったはずだ。民のための国を作りたい。俺は即位したときから、王の権力をより強いものにしたい、そのための改革をしたいと願ってきた。さりながら、それは何も専制君主になりたいがためでも、自分の欲しいままに政をしたいと望んだからではない。あの桜の花のように、似て非なる一人一人のこの国の民すべてが心安んじて暮らせるような国を作るために、強い王になりたいと思ったんだ」
 そうだ、スンは確かにあの夜、桜を見上げて、そんなことを言った。オクチョンがぼんやりとあのときの科白を思い出していると、またスンの声が聞こえた。
「そんな俺がそなたの心を意のままにできると考えるはずがない。それに」
 スンはどこか淋しげに言った。
「人を好きになるのに、王であることは何ら関係ない。ましてや、想いを寄せる女人に無理強いをしてまで、その心を手に入れようと思わないよ、俺は」
 切なげに見つめられ、オクチョンは居たたまれず視線を逸らす。
 そんなに切なそうな瞳で見つめないで欲しい。あなたのその漆黒の瞳に見つめられたら、私は心ごと絡め取られて、もう身動きではなくなってしまうから。
「もし俺が最初から馬鹿正直にこの国の王だと名乗っていたとしたら、そなたは俺を好きになってくれた?」
「―」
 オクチョンは唇を嚼んだ。スンの言いたいことは判った。そして、彼の不安は恐らく的中していただろう。スンが朝鮮国王だと知っていたら、恐らく自分はあまりの畏れ多さに、身を引いていたはずだ。彼を好きになる前に、彼の前から去っていただろう。
 スンが笑った。
「そなたの考えていることは判るよ。オクチョンは気持ちがすぐに顔に出るから」
「まっ、失礼ね」
 言いかけ、オクチョンはうつむいた。痴話喧嘩している場合ではない。
「俺が国王だと名乗っていたら、多分、オクチョンは俺を?イ・スン?という一人の男として見てはくれなかったはずだ。俺という男をよく知りもせずに、さっさと身分違いだと去っていったろう。俺は、それが怖かった」
「それが嘘をついて好い理由にはならないわ」
 ようやっと紡ぎ出した科白は、自分でも情けないほどか細かった。
「惚れた女の心を手に入れるためなら、男は誰でも嘘つきになるよ。たとえ国王であろうが、ただ人であろうが、関係ない」」
 スンがオクチョンに向かって真っすぐ歩いてくる。いつになく強い力で引き寄せ、抱きしめられた。
「好きだ、オクチョン。改めて俺の気持ちを伝えたい。俺の妻になってくれ」
「―狡い」
 オクチョンは彼に抱きしめられたまま、呟いた。
「スンは狡いわ。権力を振りかざして迫られたら嫌いになれるのに、こんな風に優しく口説かれたら、決心が鈍るじゃないの」
「そなたの決心とは何だ?」
「後宮を出ることよ」
 いっそう強い力で抱きしめられた。
「駄目だ! そなたを後宮から出してやることはできぬ。たとえオクチョンの望みであろうと、それだけは無理だ」
 まるで幼子が母に必死に縋るように、スンはオクチョンをきつい力で抱きしめる。
 オクチョンは息苦しさに小さく喘いだ。
「今し方、無理強いはしないと言ったのに、今度は権力で私を従わせようとするのね。スン、おかしいわ、言っていることが全然、一致していない。矛盾してるのに気づいている?」
「どうでも良いよ、そなたを側に置いておけるためなら、俺は愚かな王にでも男にでもなる」
 オクチョンが涙声で言った。
「私はやっぱり、馬鹿な女だわ。あなたに奥さんがいると知ったときも、最初は嫌だと思ったのに、結局、あなたの側にいたいから受け入れた。そして今も、後宮の大勢の女の一人にはなりたくないと思うのに、あなたの側にいたいから、決意を変えようとしている」
「では、オクチョン、俺の側にいてくれるのか?」
「―ええ」
 俄に生気を帯びたスンの声に対して、彼女の声は低かった。けれど、スンは問題ではないらしく、更にオクチョンの背に回した腕に力を込める。
「そんなに力を入れたら、苦しいわ、スン」
 言いかけた唇はすぐに熱い唇に覆われた。唇は離れたかと思うとまた近づき、角度を変えた接吻(キス)は延々と続いた。