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炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第一巻

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 オクチョンは笑った。王族の若さまに頭を下げさせるなんて、私こそ不敬罪で捕まえられそうだわ、と、思いながら。
「それで、そのミニョンという女官がどうしたって?」
 続きを促され、オクチョンは頷いた。
「私、ミニョンが虐められるのがどうにも我慢ならなくって、ある日、とうとう虐めっ子の女官に抗議したの。そうしたら、この有様よ」
「なるほど」
 それだけで、スンはおおよそを理解したようである。
「そなたへの腹いせとして、盗みの嫌疑をかけたというわけだな」
「そう。繍房のお偉い先輩女官さまが私のノリゲは盗品だと騒ぎ出したの」
 オクチョンは眉尻を下げた。
「だが、オクチョン。何故、大王大妃殿内で起きた騒動に、繍房の女官が拘わってくる?」
 オクチョンは破顔した。
「良いところを突いてるわね、スン」
 今度はスンが憮然として言った。
「戯れ言を申している場合か?」
「ごめんなさい」
 オクチョンは小さく肩を竦めた。
「繍房の女官がミニョンを虐めていた女官の従姉だったの。大方、従妹に泣きつかれて、復讐に出たんでしょうね」
 スンがあからさまに大きな溜息をついた。
「復讐か。つくづく女は怖いな」
 オクチョンは複雑そうな顔でスンを見た。
「まさか、そこまでするとは思わなかったの。私、ミニョンを虐めていた子に言ったのよ。大王大妃殿では、若い女官は少ないんだし、だからこそ余計に結束を堅くして大王大妃さまのおんために忠義を尽くすべきでしょうって。それで、向こうも納得してくれたと思っていたけど、現実はそうじゃなかったということね」
 オクチョンは、やるせなげに言った。
「私の言ったこと、間違ってる? スン」
「いや」
 スンは即座に答えてくれた。
「そなたは何も間違ってない、オクチョン。女官が互いに脚を引っ張り合っていたのでは、自分の勤めどころではないからな」
「でしょ」
 オクチョンは強く頷いた。
「そして、その繍房の女官というのが大妃さまが眼をかけておられる娘だったのよ」
「そう、か」
 スンは呟き、考え込むように眼を伏せた。
「大妃さまが可愛がっていらっしゃる女官を無下にはできないわ。どうやら、その女官が真実を白状したらしくて今回、私の容疑は不問に付されたけれど、大妃さまの手前、やはり罰は受けなければならなかったのよ」
「それが鞭打ちか」
 スンが溜息混じりに言った。
「ノリゲというのは、もしや俺がそなたに贈ったものか?」
「ええ」
 オクチョンはチマに下げたノリゲを手にして、スンにも見えるようにした。眩しい陽に、紅玉が艶めかしく輝いた。
「何故、俺が与えたものだと言わなかった?」
 スンの問いに、オクチョンは微笑んだ。
「あなたに迷惑がかかるわ」
「―!」
 オクチョンのひと言に、スンが大きくたじろいだ。
「あなたが高貴な身分の人だというのは、私にも判っていたし、私が余計なことを言ったばかりに、あなたにまで累が及んではいけないと考えたの。スンはこれから朝廷の官僚として国王殿下をお助けして国政を担ってゆく人だもの」
「だが、俺の名を出せば、そのノリゲが間違いなく盗んだ品などではないとすぐにそなたの嫌疑は晴れたはずだ」
 もっともな指摘に、オクチョンは返す言葉もない。
「一歩間違えれば、そなたは罪人として義禁府送りになる危険もあった。俺を庇うどころではなかったんだぞ!」
 強い口調で言ったスンに、オクチョンは怯んだ。
「ごめんなさい。あなたがそんなに怒るとは思わなくて」
 いや、と、スンは小さく首を振った。
「そうじゃない、オクチョン。勘違いしないでくれ。俺はそなたに対して腹を立てているわけではない。そなたを守れなかった自分に腹を立てているんだ」
 次の瞬間、オクチョンは自分の身に起きたことが信じられなかった。
 スンの広い胸に抱き込まれ、オクチョンは彼に抱きしめられていたのだ。
「もっと自分を大切にしろ。今回、まかり間違えば、そなたは罪人として処刑されるところだった。俺は、そなたがいなくなったらと考えただけで、身体が震えるほど恐ろしい」
 オクチョンは黙ってスンの胸に頬を押し当てた。細身の優男に見えても、やっぱり男性の身体は自分とは違い、筋肉がついて逞しい。十五歳といっても、彼の身体はもう完成された大人ものといって良かった。
 スンの腕にこうして抱きしめられていると、また胸の鼓動が速くなってくる。頬にも熱が集まり始めたので、彼女は狼狽え、彼の胸から離れた。
 混乱している彼女には、だからスンががっかりした様子なのにもいっかな気づかない。
「大王大妃さまがわざわざ私を召し出して、おっしゃったの。今回は私を救いたいけど、救えないって」
 オクチョンはうつむいた。
「女は哀しい生きものだわ、スン。大王大妃さまのようなやんごとなき方でも、お子さまがいなければ、末路は憐れなものよ。大妃さまは権力者キム氏のご息女の上に、先王さまの正妃であり、更には国王殿下と公主さまとお二人もの御子をあげられた。何もかもを手にされた大妃さまに大王大妃さまは敵わない」
「大王大妃さまは、そなたを気に入っておられるようだな」
 スンが言うと、オクチョンは頷いた。
「ありがたいことだと思うわ。私のような身分の低い者にも隔てなく声をかけて下される。大王大妃さまのおんためなら、何でもしようかという気にもなるわよ。大王大妃さまは大妃さまには逆らえないのね。後宮でのお二人の力の差は歴然としているわ」
 そこで、オクチョンは吹き出した。
「逆らえないのは、大王大妃さまだけじゃないわ。お若い国王さまも同じね」
 傍らでスンが?うっ?と素っ頓狂な声を上げた。オクチョンが笑いながら言う。
「だって、そうでしょ。良い年をして、三つの子どもじゃあるまいに、いつまで母親の言うなりになる必要があるの? 実の親子なんだから、お互いに言いたいことを言い合えば良いと思うのに。結婚するような歳なのに、大妃さまにべったりで、気持ち悪い。もしかして、国王殿下は母親依存症(マザーコンプレックス)だったりして」
 と、クスクスと笑ったものだから、スンは憤然として言った。
「オクチョン、幾ら何でも言い過ぎだ。それ以上は国王殿下に対して不敬罪になるぞ」
「そうね、あなたは王族だから、血筋からいえば、殿下ともご親戚になるのよね。ごめんさない、言い過ぎたわ」
 オクチョンは素直に謝った。
 と、スンは思いもかけないことを言う。
「殿下が大妃さまに逆らえないのは仕方ない面もあるんだ。一般に大妃さまはご自分の思い通りにならなかったらすぐに発作(ヒステリー)を起こされるといわれているが、あれは見せかけばかりではない」
「そうなの? 大王大妃殿では、大妃さまの例の発作は国王さまに言うことをきいて頂くための大妃さまの?作戦?で、仮病だといわれているけど」
 大妃がしばしば目眩の発作を起こして倒れるというのは、後宮では有名な話である。それも大抵は息子である国王と口論中に倒れることが多い。後宮の女たちは、それを?大妃さまの仮病?だと陰で噂していた。