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炎の王妃【チャンヒビン】~月明かりに染まる蝶~・第一巻

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 オクチョンが咳き込んで問えば、ミニョンは嗚咽混じりに訴えた。
「セギョンが」
「セギョン、また、あの娘(こ)なの?」
 オクチョンはぎりっと奥歯を噛みしめた。後宮において弱い者虐めは必須である。そして、それはこの大王大妃殿でも同じであった。ミニョンは小柄で、大人しい。その上、あまり機転も利かず、動作も遅かった。必然的に尚宮たちにも叱られることが多く、恰好の虐め対象となっている。
「もう、許せない」
 オクチョンは立ち上がった。ミニョンが慌てて止める。
「オクチョン、まさかセギョンに何か言うつもりじゃ」
「当たり前でしょ。これだけの怪我を負わされて、それでも黙っていられるかっていうの!」
「そんなことをしたら、私、またセギョンに仕返しされちゃう」
「ミニョン、言っときますけど、あなたもあなたよ。そうやって理不尽に虐められても何も言い返さない、やり返さないから、余計に虐められるの。心配しないで、悪いようにはしないわ。もう二度と、あなたにこんな酷い仕打ちをしないように話すだけだから」
 オクチョンはそう言うと、打って変わって優しい口調になった。
「ミニョン、とにかく私の部屋に行きましょう。母が傷によく効く塗り薬を持たせてくれたから、それを塗れば少しは良くなるわ」
―弱い者虐めをするなんて、最低だわ。
 まだ泣いているミニョンを宥めつつも、オクチョンの心は烈しい怒りに燃えていた。
   
 夕刻になった。オクチョンとミニョンは二人で組んで仕事をすることも多い。その時、二人はホン尚宮に夕餉の膳を運ぶ最中であった。ホン尚宮はこの殿舎の総責任者である。ホン尚宮の居室が近づいたときのこと、廊下の向こうから静々と女官の一団がやってくるのが見えた。
 三人たむろっているのは、やはり若手組で、彼女たちとオクチョン、ミニョンが大王大妃殿では貴重な若い戦力となる。基本的にどこの殿舎、部署に配属されるかは提調尚宮の采配によるところが大きい。志願できないこともないが、よほどのことがない限り、志願する勇気ある者はいなかった。
 そんな中、逼塞している大王大妃殿に来たがる若い女官はいない。ここに配属されたら、キャリア女官としての出世の道も、美男の国王殿下に見初められる道も閉ざされてしまう。―と、おおかたは悲観的になるが、実は、若い国王はひそかにこの義理の曾祖母を訪ねることは多かった。
 粛宗がこの曾祖母と親しいという情報そのものは、割と多くの者たちが周知の事実である。母明聖大妃が毛嫌いするこの曾祖母の不遇をまだ若い王はよく理解していた。子のない大王大妃の許を訪ねては歓談していく。大妃は大王大妃と息子が親しいのが気に入らない。そのため、そのことでは母子はよく対立している。
 表だって訪ねては大妃がまたむくれるため、粛宗はお忍びでこっそりと大王大妃殿を訪ねるのが一般的である。
 やってくるあちらは先輩である。後宮内においては上下関係についてもはっきりしている。下の者は絶対に上の者に口答えなど許されない。
 オクチョンとミニョンは二人とも膳のものの乗った小卓を抱えたまま、廊下の脇に身を寄せた。先輩たちに道を譲ったのだ。
 彼女らは笑顔一つ見せるわけでもなく、肩をそびやかして二人の前を通り過ぎた。まさに、後輩は道を譲って当然という態度である。
 漸く三人がすれ違ったので、オクチョンとミニョンは顔を見合わせ、また、前後になって歩き始めた―その時。
 ミニョンがキャッと悲鳴を上げて転んだ。
刹那、オクチョンは確かに見たのだ。ゆき過ぎた三人の中の一人がミニョンのチマを素早く踏んづけたのを。
 ミニョンは可哀想に小卓ははるか彼方に転がり、膳のものは四方に飛び散っている。器は無残に割れ、ご馳走は台無しになった。
 前方で、耳障りな笑い声が響き渡り、オクチョンはキッと先輩女官たちを見つめた。
「ちょっと」
 オクチョンは自分の小卓を床に置くと、つかつかと三人に向かって歩いた。
「あら、何か?」
 よもや後輩がたてつくとは想像もしていなかったのか、三人はちらちらと目配せしあっている。その中でも長身の気の強そうな娘が顎をつんと逸らした。
 憤懣やる方なしに、オクチョンは言った。
「何かじゃないでしょう。今、あなたたち、何をしたの?」
「さあ?」
 その女官が空惚けたものだから、もう彼女の怒りは最高潮に達した。
「セギョン、こんなことがなくても、あなたには一度きちんと話をしなくてはならないと思っていたの」
「そう、後輩のあなたが先輩の私に?きちんと話をする?ねえ」
 わざと抑揚をつけて言い、セギョンは両脇の同輩たちを見た。
「後宮では、下っ端は上役に背くのは御法度だと最初に教えなかったかしら」
 右隣の唇上に泣きぼくろがある娘が言った。セギョンにおもねるような口調である。
「で、何を話そうというの」
 セギョンの言葉に、オクチョンは静かな口調で返す。
「今朝、ミニョンがまた泣いていたわ」
「へえ? それが私たちに何の関係があるのかしら」
「ミニョン、こっちに来て」
 オクチョンに呼ばれ、ミニョンが恐る恐るやってくる。オクチョンはミニョンの痛々しく腫れ上がった頬を指した。
「これを見て。あなたたちがやったんでしょ」
「まあ、それはとんだ言いがかりというものだわ」
 セギョンが呆れたように肩を竦めた。
 オクチョンは唇を嚼み、続ける。
「身に憶えがないというなら、それでも良い。だけど、今し方の暴虐については言い逃れはできないわよ。私はちゃんと見ていたんだから」
「何を見ていたというの?」
 セギョンが勝ち誇った顔で言うのに、オクチョンは両脇に垂らした拳が白くなるほど力を込めた。
「あなたたちがミニョンのチマを踏んづけたのを見たのよ」
「そんなこと、知らないわ」
 セギョンがそっぽを向き、泣きぼくろの娘が援護するように言う。
「ありもしない言いがかりをつけるつもり?」
「言いがかりですって?」
 オクチョンが血相を変えた時、ミニョンが傍らからオクチョンにおずおずと言った。
「オクチョン、もう良いのよ。私の不注意で転んでしまったのだし」
「ミニョン、あなたはまた、そうやって泣き寝入りするつもり? このままでは、虐めは段々酷くなる一方よ」
 オクチョンが血相を変えて言うのに、セギョンがせせら笑った。
「あの娘は自分で勝手に転んだと言っているわ」
「大体、あんた、目障りなのよ。いつもノロマでグズグズして。どうせ女官なんて勤まりゃしないんだから、さっさと今の中に止めたら?」
 泣きぼくろの女官がミニョンの肩を強く押した。弾みでミニョンはまた転んだ。今度は倒れた場所が悪かった。砕け散った皿の上にまともに倒れたものだから、衣服が汚れただけでは済まず、割れた皿で手や足に傷ができたらしい。剥きだしになった脹ら脛から無数の傷が走り、血がにじみ出していた。
「何をするの!」
 オクチョンの声が叫び渡った。
「幾ら何でも、そこまでしなくても良いでしょう。ミニョンがあなたたちに何をしたっていうの」
 オクチョンは夢中で泣きぼくろの娘に飛びかかっていた。
「やったわね、新入りの癖に生意気なのよ。大王大妃さまに少しばかり眼をかけて頂いているからって、良い気にならないで」