暦 ―こよみ―
睦月(四)再会
日曜の朝だというのに、由紀子は早くに目が覚めた。
(おじいちゃんたち、どうしているだろう?)
一週間いっしょに暮らしていたのでつい気になってしまう。
ベッドから起き上がり、窓の脇の棚に置いてある箱を開けた。そこには先日、祖母の文江とお揃いで買ってもらったネックレスが入っていた。ジュエリーボックスにしまってしまうとふたりとの思い出が薄れてしまうようで、しばらくは棚に置いて眺めることにしたのだ。そして、今度祖母に会う時は必ずつけて行こうと決めていた。
(もし、お父さんが長男だったら、おじいちゃんたちはこの家で一緒に暮らしたのだろうか? それとも、やっぱりあの金沢の家がいいのだろうか?)
朝食を食べに階下へ降りていくと、保子が誰かと電話をしていた。
「わかりました、お迎えに行きます」
そう言って電話を切った保子が、部屋に入ってきた由紀子に気づいた。
「あ、由紀子、悪いけどおじいちゃんたちを東京駅まで送ってもらえないかしら?」
「おじいちゃんたち、もう金沢へ帰るのね」
「ええ、横浜のお義姉さんのところのお姑さんが、急に具合が悪くなったらしいの」
「あら、それは大変ね。伯母さんのところは敷地内にお姑さんの家があってお世話しているのよね」
「この頃はお姑さんもお元気だと聞いていたんだけど。実の娘のところならお義父さんたちも気楽に滞在できるでしょうに、間が悪いというか」
「そうね。わかった、急いで食べて支度するわ」
「由紀子にばかり任せてしまって悪いわね」
「金沢に帰る前にもう一度おばあちゃんたちに会えて私はうれしいわ。あ、そういえば、今日も早紀ちゃん試験よね?」
「ええ、早くに出かけたわ」
「そう、うまくいくといいわね」
横浜へ向かう車内は空いていた。家族連れがちらほらいるくらいで、平日の混雑が嘘のようだった。
目の前の座席に、三人の子どもを連れた若い夫婦が座っていた。小さな子どもたちは、少しの間もじっとしてはいない。叱ったりなだめたり親は大変だ。傍で見ているこちらの方まで疲れてしまう。
(おばあちゃんもこうしてお父さんたちを育てたんだわ。三人の子どもを育てても大きくなってそれぞれが家庭を持つと、ろくに会うことすらなくなってしまう。そして、自分たちの方から会いに行っても、みんなにはそれぞれの暮らしがあって……)
横浜の家に着いたのは昼前だった。住宅街の角に、敷地を塀で囲まれた二軒の家が建っていた。門を開け、手前の家のインターホンを押すと、すぐにドアが開き、伯母の節子が出てきた。
「悪いわね、由紀ちゃん。昨日はお父さんたちを八景島へ連れていったりしたんだけど、今朝から急にウチのお義母さんの具合が悪くなってしまって」
「それは大変ですね、お大事に」
「ありがとう、じゃ、お父さんたちをお願いね。これ、少ないけど」
そう言って小さな封筒を差し出した。
「いえ、そんなこと……」
「いいの、お昼も出してあげられないしね。それに代わりに送ってもらうんだから取っておいて。じゃ、お父さんたち呼んでくるわね」
東京駅の地下街で昼食をとり、近所の人への土産物を買うのを手伝い、祖父母たちを無事に見送った。由紀子はホッとしたと同時に、また会えるだろうか? ふとそんな思いが浮かんだ自分にぞっとした。
(なんて縁起でもないことを……)
しかし、新幹線の窓ごしに笑顔でこちらを見ているふたりの姿が、由紀子の心に深く残った。あの優しいまなざしを見られるのは、今度はいつになるのだろう? そして今夜にも、無事に着いたか電話をしてみようと思った。老夫婦には長い道中になるのだから、金沢の家に着くまでは心配だった。
日曜の東京駅はゆったりとした時間が流れていた。年配の集団は皇居へでも向かうのだろうか。
このまま帰るのももったいない気がして、由紀子は買い物でもしていこうかと思った。そして、まだちょっと早いが、今日がんばっている妹の早紀子に合格祝いを買おうと思いついた。もしかしたら努力賞に変わるかもしれないが。そして、品物はネックレスがすぐに思いついた。祖父母から自分だけもらったことが、どこか後ろめたかったからかもしれない。
自然と足が向いたのはあのデパートの宝石売り場だった。苦手なはずだが、なぜかあそこは違っていた。
この前来たばかりとあって、メガネの店員はすぐに由紀子に気がついた。
「先日はありがとうございました。今日はどのような物をお探しでしょうか?」
「妹にネックレスを贈りたいのですが」
「お若い方でしたら、こちらが人気です」
そう言って、売り場に案内される途中、あの時の売り場の前を通った。だが、あの男性店員はいなかった。なんとなくがっかりしていると、
「こちらです」
そう言うとメガネの店員は、若者向けのカジュアルな商品が目につく売り場の店員に、由紀子を引き継いで去って行った。
そこのショーケースには、様々なデザインのネックレスが並んでいた。デパートにしてはリーズナブルでどれも手が届く品物だった。
そこの店員は若い女性だったので、早紀子が気に入りそうな物を選んでくれた。どのような贈り物ですか? と聞かれ、合格祝いと言いそうになったが、もしものことを考えて、普通のプレゼントとして包装してもらった。
帰りがけ、あの売り場に差し掛かると、今度はあの時の男性店員が立っていた。そして由紀子に声をかけた。
「いらっしゃいませ、先日はお買い上げいただきありがとうございました」
由紀子はまた会えたことがうれしかったが、それが顔に出ているのではないかと気になった。
「とても気に入っています。今日もつけているんですよ、先ほど祖父母を東京駅まで送って来たところですので」
「そうですか、ごいっしょにお暮らしでないのに、ずいぶん仲がよろしいのですね」
「ええ、一週間ほど家にいましたので、すっかり慣れてしまって」
「それでは、お帰りになって寂しいですね」
「ええ、実はそうなんです」
すると男性店員は自分の名刺を取り出し、裏にメールアドレスを記入した。そして、由紀子の耳元で、
「よろしければ、メールをいただけますか?」
小声でそう囁くと、その名刺を由紀子に渡した。それから、
「本日もご来店いただきましてありがとうございました」
そう言って、深々と頭を下げた。