暦 ―こよみ―
神無月(四)宴の後
パーティー翌日、金沢に戻った政興は、早速、父栄吉と母文江に昨日の祝宴の様子を話した。
「みんな元気にやってたよ。披露宴も温かい雰囲気でとてもよかったし」
「由紀ちゃんのお姑さんになる人が再婚したんだったわよね?」
「そうだよ、母さん。父さんと母さんにくれぐれもよろしくって言われたよ。とてもいい人そうで、和孝も安心して嫁に出せるだろうな」
「そうかい、そんないい人かい、それは何よりだ。昔と違うとはいえ、やはり嫁姑の関係は難しいからな」
栄吉の言葉を聞いて、感慨深げに文江が言った。
「そうですとも、私もここへ嫁いだ頃は苦労しましたからね。そういう時代でしたよ」
横浜の自宅では、朝から節子のおしゃべりが止まらない。
「あなた、渉君のお母さん、いい人でよかったわ。あの人となら私、ウマが合いそうよ」
「そうだな、控えめだが、人を惹きつけるようなやさしさと明るさがあって感じのいい人だな」
「いつまでこちらにいるのかしら?」
「さあな、せっかく出てきたのだから、二、三日はいるんじゃないか?」
「それなら、どこかお連れしましょうか?」
「渉君と水入らずがいいんじゃないか?」
「でも、渉君だってそうは仕事を休めないでしょう?」
「まあ、そうだな」
「後で聞いてみるわ」
「昨日は由紀ちゃんの姑になる美沙子さんが主役だったんだぞ。それなのにお前ときたら、佳子さんのことばかりだな」
「そんなことないわ、昨日はちゃんと美沙子さんをお祝いしてきたわよ」
「そうかなあ、佳子さんとばかり話していたように思うがな」
その頃、離れでも、佳子と渉が昨日の話をしていた。
「母さんも、美沙子さんが羨ましくなったんじゃないか? あんな頼りがいのありそうな素敵な人とこれからの人生を共にできるんだから」
「そうね、そうかもしれないわ」
「え! 嘘だろ?!」
「冗談に決まってるでしょ。私は死んだ渉のお父さんが今でも好きだし、いつでもそばにいてくれる気がするのよ。それで充分」
「息子としてはうれしいけど、やっぱり母さんには幸せになってほしいから複雑だな」
「だから、今のままで充分だって言っているのよ」
「俺はもう大人だから、遠慮しないで自分のことを考えろよ」
「何言ってんの。さっきは美沙子さんが羨ましいと言ったら焦っていたくせに」
「だから、複雑だって言っているだろ。でもさ、本当にそんな人に出会ったら、俺のために迷わないでくれよ」
「はいはい、その時はちゃんと渉に報告します」
浩一は、お腹の大きくなった妻多恵を気遣っていた。
「昨日はご苦労さまだったね。疲れただろう?」
「いいえ、子育てから解放されていい気分転換になったわ。ステキなワンピースまで新調してもらえたし」
「今って、お腹が目立たないフォーマルなんてあるんだな、驚いたよ」
「ええ、その上、普通体型になっても着られるというのがすごいわよね」
「昨日の美沙子さん綺麗だったな。自分の式の時、あんな姑さんに横に立たれる由紀子が気の毒だと思ったよ」
「あら、お相手の黒木さんもダンディで素敵だったわ。あの人なら、若いお相手だってありな気がするけど」
「いや、あの美沙子さんとだから絵になるんだよ。凛として品があって」
「あら、ずいぶんとお気に入りみたいね」
「君だってダンディ黒木のファンなんだろ?」
「ええそうよ、あなたにもあんな歳の取り方をしてほしいわ」
「その言葉、そっくり君に返すよ」
黒木は、アルバムを広げている娘凛を愛おしいまなざしで見つめていた。
「昨日は、いろいろとありがとう」
「お父さん、よかったわね。みんないい人たちばかりだったし、美沙子おばさんは綺麗でやさしくて、お父さんは幸せものね。
今お父さんの荷物を整理していたら、昔のアルバムが出てきたの。懐かしいわ」
「どうしても一緒に来ないのか?」
「新婚さんのお邪魔はしたくないから」
「凜、あのな……」
「わかってる、ジョークよジョーク。私ももう二十五ですもの。そんなに心配しないで」
黒木は、カバンの中から、一通の手紙を取り出した。
「これ、美沙子さんから凜にって預かってきたんだ」
「あら、何かしら、お別れの手紙かな」
『 凜ちゃんへ
明日、黒木さんとの披露パーティーを迎えるという夜に、この手紙を書いています。
凛ちゃんに初めて会ったのは、まだ凜ちゃんが幼い時で、凜ちゃんにとって私はずっと知り合いのおばさんでしたね。お母さまがお元気な頃は、実際そうでした。
でも、今はこういうことになり、本当は戸惑っていることと思います。ですから、シンガポールに一緒に行かないという凜ちゃんの気持ちもよくわかります。
それを承知でお願いします。一緒に行ってもらえませんか?
黒木さんは口にこそ出しませんが、とても凜ちゃんのことを案じています。若い娘さんをひとり残し、異国へ行くのですから当然です。
私の子どもは男ですし、もう三十五歳、ご存じの通り来年には家庭を持ちます。ですから、何も心配はありません。
凛ちゃんも、黒木さんが心配をしなくてすむ環境になるまでは、親孝行だと思って一緒に来てもらえませんか?
心より、お願いします。
凛ちゃんの友人 美沙子 』