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暦 ―こよみ―

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 控室に戻ると、全員がそろっていた。
「由紀子が戻ったから、自己紹介を始めましょうか」
 本来ならば新郎側が主体で事を運ぶものであるが、黒木の親族は娘の凜だけということで、この場の人数が多い真中家の年齢的にもちょうど良い和孝が音頭をとることになった。形としては、近々娘婿になる直樹の代理ということになるだろう。
 早速、和孝が先頭を切って挨拶を始めた。そして、順に各自、自己紹介が続いた。
 招待客は以下の顔ぶれだった。
 真中家側は和孝と妻保子、兄の浩一と妻多恵、由紀子、妹の早紀子と将来の婚約者の小高渉とその母佳子、それから和孝の兄、政興、同じく姉の節子とその夫重雄。
 美沙子側の客は、美沙子の両親と姉夫婦、直樹、そして黒木側は娘の凜。
 美沙子の姉は夏に体調を崩して入院までしたが、今ではすっかり回復し、元気な姿を見せていた。思えばその入院が、直樹と由紀子の絆を深める遠因となったのだが。
 
 会場には、黒木や美沙子の仕事関係者や友人はおらず、本当の身内のみで、若いカップルの披露宴とは大きく違っていた。他にも、式という形はとらず、セレモニーらしき趣向もない。招待客が会場に入ると、正装の黒木と美沙子が中央に立っていて、みんなを出迎えた。
 そして、黒木がマイクを持ち、挨拶と入籍の報告をした。その後は、歓談というこれ以上ないシンプルなものだった。様式も立食形式で、誰とでも自然に話ができるよう配慮されている。そして、コーナーにはソファースペースが設けられ、くつろぎながら会話を楽しむこともできた。
 早速あちこちで会話の輪ができ、和やかなムードに会場は包まれた。
「今ここにいる人たちは、みんな親族なのよね」
 由紀子が、直樹に囁いた。
「ああ、そうだよ、血がつながっているか、そうでなければ心が固く結ばれている人たちだね。ちなみに、由紀子さんと僕は心の方だね」
「お母さん、本当に綺麗ね。年齢を忘れてしまいそうだわ」
「忘れてあげたら、母さん喜ぶよ」
「まあ、直樹さんたら。母一人子一人のお母さんを取られた感想は?」
「前にも言ったはずだよ、僕には由紀子さんがいるって」
「…………」
「由紀子さんの花嫁姿はもっともっと素敵だと思うよ。だって、僕の花嫁さんなんだから」
「…………」
「今日は、僕たちの式のリハーサルだと思って、いろいろ参考にさせてもらおうね」
 
「あら、次回主役のご両人!」
 早紀子が声をかけてきた。
「こうしてみると、本当にお似合いね」
 フォーマル姿の二人がそろうと、身内の早紀子の目にもひと際輝いて映る。
「今日は、私たちはわき役よ」
「そうだったわね、直樹さん、お母さん、本当に素敵ね」
「ありがとう早紀ちゃん。君の未来のお母さんも素敵じゃないか」
「そうでしょう、私の自慢のお母さんですもの」
「仲がいいって聞いてるよ、渉君も安心だな」
「そうね、どちらかというと、渉との仲の方が怪しいかも」
「そうか、そっちの心配があるんだ」
 冗談を言い合う直樹と早紀子を、由紀子は微笑ましく見つめていた。
 
 するとそこへ、噂をすれば何とやら、渉の母、佳子が現れた。
「由紀子さん、先ほど、お父様たちにはご挨拶させていただきましたけど、渉がみなさまによくしていただいて本当にありがとうございます」
 佳子の丁重な挨拶に答えていると、早紀子が割り込んできた。
「お母さん、渉くんが助けてもらっているのは、節子伯母さんと重雄伯父さんですから、お気づかいなく」
「いいえ、これからどんなご迷惑をお掛けするかわからないですもの、みなさまにご挨拶しておかないと。せっかくこんな素晴らしいお席にお招きいただいたわけだし」
 
 佳子がその場を離れると、入れ替わりに今日の主役美沙子が現れた。
「早紀子ちゃん、直樹たちのこと、いろいろとありがとう。ぜひ、お礼が言いたくて今日会えるのを楽しみにしていたのよ」
「今日はおめでとうございます。姉たちのことはもう大丈夫ですからご心配なく、黒木さんとどうぞお幸せに」
「早紀ちゃん、何生意気なことを言ってるの!」
「あら、お姉さんそんなこと言っていいの? 私、本当は口は軽くない方だけど、今日はいろいろ話したくなってしまうかもよ」
「あら、聞きたいわ、そのいろいろな話」
 そんな美沙子の反応に由紀子は慌てて言った。
「いいえ、お母さん、この子の言うことなんてたいしたことではありませんから」
「あらら、お姉さん、ますます私、言いたくなってきたわ」
「早紀ちゃん、負けたわ。もう勘弁して」
「姉は、お母さんがお姉さんのように思える、と言っているんですよ。これが、いろいろです」
「まあ、素敵なお話をありがとう、早紀子ちゃん」
 早紀子は由紀子にウインクをして、その場を後にした。 
 
 パーティーも終盤に来て、由紀子は肝心なことに気づいた。
「直樹さん、一番大切な人たちにご挨拶がまだだったわ」
「え?」
「直樹さんの小さい頃の育ての親」
「そうだった、おじいちゃんとおばあちゃんに、由紀子さんを自慢しなくちゃ」
 直樹は由紀子を伴って、祖父母のところへ向かった。そして、四人の和やかな語らいが終わる頃、宴はお開きとなった。

作品名:暦 ―こよみ― 作家名:鏡湖