暦 ―こよみ―
「実は、行っても居場所がないという感じで、だんだん行かなくなってしまって……向こうも来てくれって言わないし。きっと、俺がいない方が多恵もゆっくり休めるんだよ。あいつの実家だから俺も安心だし」
「何言ってるの! あんたの家族でしょ!」
浩一と保子の言い合いを、由紀子は黙って聞いていた。
今の由紀子には兄の気持ちがわかるような気がする。自分の入り込む余地のない、相手が生まれ育った家庭。
そしてまた、多恵の気持ちもわかる。具合が悪くて本当に辛い時、心身ともに安らげる生まれ育った家。
その時、そんな会話に割り込むように電話が鳴った。それは早紀子からで、横浜の伯母の姑が危篤であることを知らせるものだった。中華街で食事を楽しんでいる最中に、留守を頼んだヘルパーから連絡が入り、今、病院へ向かっているとのことだった。言い合いをしている場合ではないと、それぞれが落ち着かない思いで黙り込んでいるところへ再び電話が鳴り、病院で亡くなったことが伝えられた。
和孝と保子は急いで病院に向かい、浩一は誰もいないマンションへと帰って行った。
由紀子は後片付けをしながら、世田谷の伯父や横浜の伯母、そして、兄の家庭の事情が、頭の中をぐるぐると回った。その中心にはもちろん、直樹と自分のまだ見ぬ家庭があった。