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短編集44(過去作品)

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――年齢の離れた恋人と付き合っていて、その人から聞いたのだろうか――
 などと、勘ぐってしまうくらいだ。
 話を聞いていて、
――まるで時間が止まったみたいだ――
 と感じたが、当時のことをまるで見てきたように頭が反応するのはなぜだろう? 確かにこのあたりの風景は懐かしさを感じさせるものだったが、それも自分の子供時代のもので、マスターの子供時代とは、あまりにもかけ離れている。
「そういえば、ここにはまだ防空壕のあとが残っていて、そこで鬼ごっこをよくしていたのを覚えていますね。私などもよく防空壕の中に隠れたものですよ。ところがある日、その中で隠れていた友達が急にいなくなるという事件があってね」
 防空壕があったのは覚えている。何を隠そう吉塚もここの防空壕を使って鬼ごっこをしたものだったので、よく覚えているのだ。
「それからどうなったんですか?」
 興味は彼女の方にもあるようで、マスターに聞きただしていた。
「ええ、結局行方不明で、捜索願いを出していたんですけど、二、三日するとひょっこりと現われて、皆を安心させたんです」
「どこにいたんですか?」
 今度は二人同時に声をそろえたので、お互いに顔を見合わせた。彼女の恥ずかしそうな笑顔が印象的だが、今はそれよりも続きが聞きたい一心だったので、それ以上見つめあいはしなかった。
「不思議なんですよね。防空壕にいたというんですよ。本人の話として、どうやら寝てしまったらしく、そのまま気がついて出てきたら大騒ぎになっていたので、自分もビックリしているというんです」
「それはよかったですね。でも防空壕の中にいて発見できなかったんですか?」
 これは吉塚が単独で聞いた。彼女も聞きたいことだったのだろうが、一拍遅らせて吉塚に発言を譲った恰好になっていた。
「そうなんですよ。真っ先に防空壕の中は調べたんだけど、そこにはいなかった。もちろん警察に通報する前に何度も調べているし、警察も当然調べています。それでも発見できなかったので、行方不明ということで、捜索願いが出されたんですよ」
 まるで狐につままれたような話だ。マスターが続ける。
「もちろん、失踪していた友達の話を全面的に信じるわけにはいかなかったけど、事件性があるわけではなかったので、それ以上追求するわけにもいかず、結局真相は闇の中、怖い話として今まで胸の中に収められていましたね。友達の間ではこの話は今でもタブーとなっています」
「その失踪していた友達はどうなったんですか?」
「あれからしばらくすると、親の都合とかでどこかへ引っ越していきました。その友達は失踪する前としてからではそれほど変わった様子はなかったんですよ。あの時だけ、あの三日間だけが、空白の三日間として皆の心に深い影を残しているだけなんですね」
「不思議な話ですね」
 と言いながら吉塚は話を反芻してみた。
 聞けば聞くほど懐かしさを感じるのはなぜだろう? 頭の奥に封印されている記憶が音を立てて崩れていくような妙な気分になっていた。見てきたように想像できる防空壕。自分たちが子供の頃に遊んでいた防空壕とは別物に違いない。なぜなら、そんな忌まわしい事件のあった防空壕なら、すぐにでも閉鎖されたに違いないからだ。
 しかしそれならそれで閉鎖された防空壕跡が残っていても不思議はないのに、そんなところは今までに聞いたこともない。まして、過去にそんな話があったなどということは聞いたことがない。
 話自体がタブーとされていたので、当然なのだろうが、それであるならば今感じている懐かしさは何なのだろう? 隣で飲んでいる彼女もおかしな表情を浮かべているが、よくよく見ていると今の自分と同じような表情をしているように思えるのは錯覚だろうか。
――時間が止まって感じる――
 この話がなければ、きっと彼女のことだけで、後は記憶に残らなかっただろうが、マスターの顔も忘れないかも知れないと感じた。
 元々人の顔を覚えるのが苦手で、覚えようと思えば思うほど、記憶に残らない。というよりも記憶の奥深くに封印されてしまうのだろう。次に別の場所で出会っても、
――どこかで見たことがあるような人だ――
 と感じることはあっても、声を掛ける勇気はないに違いない。特に女性に言えることだけに、一緒に呑んでいる女性にしてもそうに違いない。やはり、今度話をするとするならば、この店の同じ場所でしか考えられないような気がする。
 その日の夜、吉塚は夢を見た。
 それが夢だと感じたのは、気がつけばまわりが真っ暗だったからだ。
 真っ暗な世界。足を一歩踏み出そうにも何があるか分からない世界。身動き取れないということがこれほど恐ろしいという感覚がリアルに感じられることで、
――本当に夢なのだろうか――
 という思いを感じさせる。
 夢の世界とは実に軽く浮いているようで、掴みどころがない。テレビドラマなどで夢のシーンが出てくると、足元に白い雲のようなものが横たわった世界が想像される。ドライアイスを使った初歩的な特撮なのだろうが、それも夢と言うものに対してのイメージから湧いて出たものだ。テレビのシーンのイメージがあるから、夢とは軽いものだという意識でいるのか、それとも、夢をイメージしたものが、あまりにも特撮とピッタリの印象なので、そのことについて信じて疑わないのか分からない。
――夢とは皆一律の感情なのかも知れない――
 と感じるのは吉塚だけではあるまい。
 そういえば、夢の話をしたような気がする、それもごく最近。
――そうだ、帰りに寄った縄のれんの店で一緒に呑んだ女性と夢について話をしたように思う――
 内容までは覚えていないが、その日の夜に同じ夢を見るかも知れないというような内容の話だったように思う。
――では、彼女も同じ夢を見ているのだろうか? だとすれば、夢に彼女が出てきていたのかな――
 と感じた。しかし、残念ながら夢に彼女は出てこない。
――夢はまだ終わっていないんだ――
 と思うと、目が覚めたと思ったこと自体がまだ夢の中のことのようだ。
――では、今夢を見ているのは、本当に家で見ている夢なのだろうか――
 どこまでが夢でどこまでが現実か、夢と現実の狭間でいろいろ考えているように思えてならない。
――まだ縄のれんにいるような気がする――
 と感じた瞬間、夢から覚めていくように感じた。それにしても不思議だ。縄のれんを出て帰った記憶はリアルに残っている。
――夢を見ているように思っていることでも、どこまでが夢か分からないことも多い――
 確かにそうだ。夢とはいろいろな感情が入り混じって見るもので、それでもすべては潜在意識の成せる業である。まったく感じていないことを見ているつもりでも、潜在意識で感じているのだ。
 夢は実に儚いものだ。どんなに長く見ていたつもりの夢であっても、目が覚めてくれば忘れてしまう。夢を見ていたはずの時間があっという間になくなって、忘却の彼方に置き去りにされたように感じるのだ。
――夢には時間がない――
 極論だろうが、そのようにも言えるのではないだろうか。
作品名:短編集44(過去作品) 作家名:森本晃次