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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Deep gash

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「前に言うてた友達?」
「そやで。しがないおっさん三人で飲み会ですわ」
 上田が言うと、寒川は電話越しにはしゃぐように笑った。
「しがなくはないでしょ。隼人くんはまだまだ若いで」
「しがない、若い人たちの集い」
「そっちの方が嫌やわ」
 寒川は二十九歳、上田は三十二歳で、業種は異なるが共に会社員をしている。付き合い初めは上田の方が過酷な職場だったが、労基の査察と厳重注意を受けてからは体制が変わり、今はやや影のあるライトグレーな働き方に変わった。だから、今日のような火曜日の夜七時でも、帰りたいと言えば融通が利く。寒川は営業でそもそも勤務時間という概念が薄く、休みの日でも顧客のところに駆けつけなければならないときがあり、デートを途中で切り上げる羽目になることもあった。しかし、三年の間に起きた大ゲンカも全て含めて相性は抜群だと、上田は考えていた。寒川が同じように考えているかは分からないが、近いうちに改めて再確認する機会が来るのは、明らかだった。今までに、自分の仕事を『キャリア』という大層な言葉で考えたことはなかった。意識の高い雑誌に載るような横文字や、三十五歳までにやっておかなければならないことを列挙したような、サラリーマンを煽るような記事。そういう類のことが好きな同僚もいるが、話半分に聞いていた。でも今になって、そうやって見逃してきた中に、自分が今感じている漠然とした不安に対する答えがあるのではないかと、ふと思うことがあった。
 しばらく笑っていた寒川が、落ち着きを取り戻して言った。
「また終わったら電話できる?」
「もちろん、おれからかけるわ」
「うん、ほな楽しんでね」
 上田は電話を切り、階段を二段飛ばしで上がった。時間に少し遅れている。チェーンの居酒屋に入り、大勢の若い客でごった返す店内を歩く。すぐに特徴のある外見が目に入り、上田は空いている椅子に座った。
「よう、遅刻や」
 すでにジョッキに入ったビールを半分空けた前園孝雄が言った。天然パーマが外側に開き続けて制御が利かなくなったような髪型で、真冬でもジャージ上下。中に服を何枚も着ることで、寒さをしのいでいる。三十九歳で、仕事は先行きの全く不明瞭な、自動車部品工場の期間工。半年後には、今働いている工場も閉鎖が決まっている。次は、同じく半年後に放り出される予定の仲間の紹介で繋がっているが、その次となると、未知の世界だ。
「お疲れさま」
 同じくビールを半分空けた高山和紀は、上田と同い年のバーテンで、酒の作り方を覚える前は整った外見を生かしてホストをやっていた。ナンバーワンにはほど遠く、最初は服代に困る月もあるぐらいだったが、辞める前はサラリーマン並みの収入に落ち着いていた。それでも常に競争の下半分に押し込められるのが耐えられなくなり、結局ウィスキーを扱うバーで二年修行を積んだあと、自分の店を構えた。一周年になるが、五席しかないバーは手狭で、自分の『城』と呼ぶにはほど遠い。
「ごめん、ちょっと電話が長引いて」
 上田はそう言って、ビールを注文した。どの種類か伝えるのに二回言い直さなければならないほど店内は煩く、学生のグループが多い。店を選んだのは前園だが、一番金を持っていないから、若い人間が集まる安居酒屋になった。料理も安く、簡単なものはほとんどが三百円台。
 改めて三人で乾杯すると、前園がスマートフォンの画面をひっくり返して、高山と上田に見せた。
「十五年落ち。セレナ。フダなし。二万円」
 個人売買の画面で、いかにも使い古されて調子の悪そうなライトブルーのセレナ。高山が顔をしかめて、言った。
「もうちょっと盛りません?」
「とりあえず、走るやろ」
 前園はもう一度自分の目で画面を確認しながら、言った。上田は前園の手ごとスマートフォンを自分の方へ引き寄せて、言った。
「目立たない感じすね」
 前園は満足そうにうなずいた。高山はまだ疑義があるように、付け加えた。
「走行距離、見といたほうがいいすよ」
「十三万。国産やで、そない壊れる?」
 しばらく沈黙が流れ、上田のビールが届いて、三人は乾杯した。前園が一旦中断した作業に取り掛かり、念押しするように言った。
「ほな、ポチるで。俺が取りに行ってくるわ」
 それ以降は、お互いの生活についての話が続いた。高山は、新しく仕入れたが無名で誰も飲もうとしないウィスキーの話、前園は、次々と鉄板が車の形にプレスされるラインの話、上田は、彼女との付き合いの話。共通点はなく、二時間が経つころには隣の学生二人組が限界を越えて酔っ払い、トイレに立ったときに上田の席につまづいて転んだ。大きな音が鳴り、上田はその体を支えて引き起こした。
「大丈夫? だいぶ飲んでるね」
「すんません、ごめんなさい」
 それだけ言うのも必死な様子で、学生は千鳥足でトイレに向かった。前園が残った方の学生をちらりと睨むと、高山に言った。
「店は休めるん?」
「まあ、先に常連に声かけといたら、どうってことないすね」
 高山は薄いウィスキーを不味そうに飲みながら言った。上田が焼鳥丼の残りを掻きこみ、前園がハイボールを飲み干す辺りで、隣の学生二人組が会計を済ませて出て行った。少し遅れて前園たちも立ち上がり、二千円ずつ支払って外へ出た。階段の踊り場で、学生二人組の一人が肩で息をしているのが見えて、上田は足を止めた。何とか歩き出せるぐらいに回復したように二人が階段を下り始めたとき、上田は素早く駆け下りて追いつき、酔っ払っていた方の背中を後ろから強く蹴った。すぐ前にいたもう一人にぶつかって二人とも転げ落ち、階段の途中で折り重なるように止まった。
「なにが『すんません』じゃ」
 上田が言いながら二人をまたいでやり過ごし、高山も同じようにしたが、前園が酔っ払っている方の顔面を上から踏みつけるように蹴り、歯を数本折った。
 仕事や私生活に、共通点はない。
 三人は、闇サイトの犯罪掲示板で知り合った。


「メシあるけど、食うてく?」
 順が気まぐれのように言った。野市が口元に手を当てて目を丸くし、助けを求めるように杏奈の方を向いた。杏奈は荘介の方をちらりと見てから首を何度も縦に振り、あちこちに跳ねる前髪を払いのけて笑った。野市がやってくる週二回の内、火曜日は『和音』の定休日。家族が全員家に揃う、あまりない機会だった。
「いいんですか?」
「感想を聞きたいしな。野市さん、飲み歩くタイプちゃうやろ。そういう人の意見が聞きたいんよ」
 順はそう言って、腕まくりを下ろした。テーブルの準備をしている祐介と荘介は初めからその気のようで、野市の分まで食器を出していた。野市ははにかみながら俯き、ぺこりと頭を下げた。
「あ、あの。いただきます。ありがとうございます」
「やった!」
 杏奈が野市の背中を押し、椅子を引いて座らせた。順は味を薄めに抑えた煮物や、いつもよりやや健康に気を使って野菜中心にしたメニューを並べ、祐介と荘介が席についたところで、杏奈が野市の隣に座った。野市に晩御飯を食べていって欲しいとリクエストしたのは杏奈だったが、そのときに映画の話を出せば杏奈の要求が通る見込みが高いと踏んだのは、荘介だった。
作品名:Deep gash 作家名:オオサカタロウ