小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Deep gash

INDEX|25ページ/27ページ|

次のページ前のページ
 

『すまん おれは、さきにいく』

 翌日、半開きになったシャッターを怪しんだ商店街の人間が、厨房で死んでいる順を見つけた。
 一週間の内に、交通事故と思われた山道での車両火災は、遺体から三二口径の弾が摘出されたことで、殺人事件になった。野市の捜索願は出されることもなく、轢き逃げ事件はそのまま別のニュースの下敷きになって、忘れ去られた。
 金曜日の朝、壁に吊られた喪服を眺めながら、祐介はヘッドホンでスレイヤーを聴いた。順の通夜では、商店街の人間が次々に訪れて、お悔やみを言ってくれた。春美は祐介に『いつでも助けるから』と言った。荘介はあやめの姿を探していたが、いないと分かると、少し安堵したように商店街の人間と世間話をしていた。図書館で会って以来、あやめとの連絡は途絶えていた。
「何聴いてんねん」
 二階から降りてきた荘介が言った。祐介はヘッドホンの片耳をずらせて、言った。
「うるさいやつ」
 荘介は冷蔵庫から惣菜を出した。レンジが音を立てて止まり、弁当を祐介の前に滑らせると、祐介は割り箸の封を切った。荘介は、順が遺したメモの文面を思い出しながら、言った。
「親父が一番、こたえとったんやな」
 祐介はヘッドホンを外して、うなずいた。ギターソロが音漏れのノイズに変わり、紙パックのオレンジジュースをグラスに注ぐと、荘介に差し出した。
「大学のことは心配すんな。金はあるから」
 荘介は笑った。その意味を理解した祐介は自分でも呆れたように笑うと、言った。
「いや、蓄えってことな。大学ぐらいは出れるやろ。ロックミュージシャンの俺に期待すんなや」
「自分、いつになったら……、何聴いててん?」
 荘介が言い、祐介は鼻で笑った。スレイヤーのギタリストは二人いる。
「ハンネマンか? 死んだぞ」
「縁起でもないな」
 荘介はオレンジジュースを一口飲んだ。祐介は言った。
「あやめとは、どないなってん」
「付き合ってることに、なってる。でも、連絡は取れてない」
 祐介は大げさに肩をすくめた。
「気まずいな」
「冷めるぞ、食えや」
「やるわ」
 祐介は立ち上がり、頭蓋骨の描かれたTシャツを覆い隠すように、紺色のパーカーを着込んだ。
「どこ行くんや」
「用事」
 移動用の小さなヘッドホンをつけると、祐介は玄関から出て伸びをした。家の中は息苦しい。ずっとそう思ってきたが、今は殊更そう感じる。順の通夜の席で、祐介は春美と連絡先を交換した。
『お金のことでも、悩みでも、なんでも言うて』
 祐介は電車に二駅分乗り、商店街を抜けて、少し閑散とした雑居ビルの並ぶ区画まで歩いた。ずっとヘッドホンをしていたから、ほとんど街の音を聞いたことがなかった。今さら興味も沸かない。ずっと好きな音楽が頭の中で鳴っている。音楽好きな自分にとって、それが一番幸せなことだ。祐介はがらんとしたビルのエレベーターに乗り、四階を押した。大きなビルだが、入居している事務所は二軒。一つは開店休業状態の『成海組』。そして、もう一つは『津田融資』。
 ドアを開けると、デスクの後ろに春美がいた。祐介は少しかび臭い春美の職場をぐるりと見回した。春美は言った。
「おはよう。早かったね」
「はい」
 祐介はそう言うと、小さく頭を下げた。春美は言った。
「ほんまに、ええの?」
 返事の代わりに、祐介はテーブルを挟んで向かい合わせに腰を下ろした。春美は真っ黒な拳銃を差し出した。祐介は側面に書かれた刻印を眺めた。グロック十九。大人の手には、少し小さく感じる。
「十五発入ってる。そのまま撃てるから。終わったら、必ず私に返して」
 春美の『なんでも言うて』という言葉。それを祐介は鵜呑みにした。だから、求めていることをそのまま伝えた。
『杏奈を殺した奴のこと、知りませんか』
 荘介は一人でやっていける。でも、自分はそうはいかない。知らぬ存ぜぬでヘッドホンをつけるのは、もうやめたのだ。祐介は封筒をパーカーのポケットに仕舞いこんだ。春美は、画面にヒビの入ったスマートフォンを差し出した。
「私の名前を使って、その三人目のアカウントに連絡して。そいつだけが、生き残ってる」
 名前を見た祐介は、露骨に顔をしかめた。『マソソソマソソソ』というハンドルネーム。恐らく由来は、マリリンマンソン。主は『ハマチ』で、主を含めると掲示板の参加者は五人いた。パスワードは四桁だが、新しい情報が一気に押し寄せている中では、記憶から抜け落ちてしまうだろう。ロック画面のパスワード設定を消した祐介は、ポケットに仕舞いこんだ。
「ありがとうございます。春美さんやから、頭の一文字を取ってハマチですか?」
 春美は力なく笑った。祐介は立ち上がった。深呼吸をすると、宣言するように言った。
「横井家、家訓」
 春美は戸惑うように笑った。祐介も笑った。窓の外で電線にスズメが止まり、架線が微かにしなるのが見えた。
「おもろいでしょ、うち、家訓があるんですわ」
「そうやったの」
「家訓、その三」
 祐介はそう言って、一旦間を空けた。春美の意識が自分に集中したことを、肌で感じ取った。横井家の家訓は、全部で三つある。
 その一は、『あかんときほど、飯を食え』、その二は、『人間の値打ちは底力で決まる』。祐介は三番目を声に出した。
「自分で命を絶つな。横井の人間に、自殺する奴はおらん」
 春美の頭に銃口を向けた祐介は引き金を引いた。銃声が部屋の中に響いて、電線からスズメが一斉に飛び立った。言葉を聞いて銃口が持ち上がるまでの一瞬、春美が大きく目を見開いたときに、祐介は順を殺したのが春美だと確信した。その目の奥は、どこか隠れる場所を求めているように、逃げ腰だった。今は片方の目に穴が空いていて、もう確認することはできなかった。
 電車までの道を歩きながら、返り血を浴びていないことを何度も確認した。駅のラーメン屋で昼飯を済ませたあと、誰もいない家に戻って時間を潰した。目が冴えて眠れないと思っていたが、実際には逆だった。銃の感触が手に残ったまま、祐介は眠った。
 夕方四時前に目が覚め、祐介は画面が割れた連絡用のスマートフォンを手に取った。スレッド上の最後の書き込みは、三件。返信はなし。
『報酬の受渡しは下記』
 次に書き込まれていたのは、再開発地区に建つ駅の地下にある時間貸ロッカーの地図と、番号。次の地図は、鍵の置き場所だった。祐介は拳銃を入れる鞄を探し、中々しっくりと来ないストラップを肩からたすきがけにして、飛び出すように家から出た。鍵の置き場所まで移動すると、向かいのコンビニで待った。ヘッドホンをしていなくても、他の人たちから切り離されている。一時間近く待ったが誰もその場所には目もくれず、諦めた祐介は、時間貸ロッカーの場所を再度確認しようとして、ポケットを探った。連絡用のスマートフォンを入れたはずのパーカーのポケットには何も入っておらず、逆側を探っても家の鍵が出てくるだけだった。
「くそっ」
作品名:Deep gash 作家名:オオサカタロウ