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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Deep gash

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 夕方五時、高山のアテンザで自宅に送ってもらった上田はシャワーを浴び、今までにない充実感を味わいながら、仕事の準備に取りかかった。今日飛ばした分、明日はフォローが待っている。後輩と部下から、何件もメールが届いていた。最近異動してきて部下になった社員からは、『珍しいですよね。スーパーマンやのに。お大事になさってください』と送られてきており、上田はまだどれにも返信していなかったが、これから仕事と殺人のバランスをどうやって取っていくかを考えるだけで頭のキャパシティは優に超えるし、それをさらに上回る、寒川にプロポーズするという重大な案件もあった。
 上田はミネラルウォーターを飲み干して、空いたペットボトルをゴミ箱へ投げこみながら思った。自分にとっては、全てがゴールを持つ『課題』だ。人生という課題をブレークダウンすると、それは仕事と私生活に分かれる。私生活をブレークダウンすると、それは義務と趣味に分かれる。趣味をブレークダウンすると、人に理解されるものと、理解されないものに分かれる。合理的に考えれば、なんてことはない。最後のピースがはまったのだ。人に理解されない趣味を実現する方法を、見つけた。若干手際が悪かったが、あの前園と組まなければ、もっと色々なことをコントロールできる。
 仕事をブレークダウンすると、それは完了案件と、未完了案件に分かれる。未完了案件は、仕掛中と仕掛前に分かれる。頭が透き通った水のように澄み渡っていき、上田は後輩への返信から取りかかった。部下からのメールはほとんどが報告で、こちらからの返信は必要ないものばかりだった。
 帰り道で買った弁当を食べながら、上田はビジネスバッグを開けた。中から拳銃を取り出すと、スマートフォンで型番を調べ、使い方を確認した。安全装置がずっとかかっていなかったことに気づいて、上田は小さなレバーを押し上げた。一発撃ったから、あと七発残っているということになる。上田は弾倉を抜いて、スマートフォンの画面とにらめっこしながら、構造について学んだ。弾倉に六発しか残っていない理由が分かったとき、画面が光った。すぐに通話ボタンを押して、上田は弁当に蓋を被せた。
「由紀」
「大丈夫〜? 面白さで本家にって下り、なんなん? 忘年会の出し物?」
「そう。余興とかで頭に被りもんするやん。でもな、おれがやっても今イチおもしろくないねん」
「真顔やからやで。隼人くん、今でも表情固いときあるから」
「なりきれってこと?」
 電話の向こうでうなずくのが、空気で伝わった。上田は笑いながら、弾倉を拳銃に挿し込んだ。寒川が言った。
「今の、なんの音? カチャンって言うたよ」
「ピストル」
「はは、なに言うてんの」
 寒川は笑った。上田も笑いながら、指輪を蛍光灯の光にかざした。まだ爪の隙間に血が残っている。
「鞄の音やで。今日休んだから、明日から忙しくなるわ。土曜日はいけそう?」
「うん、上司の額に電話せんでくださいって、書いてきた」
 上田は拳銃を持つと、壁に向けた。左目のない衛の顔が浮かんで、それは前に一度写真を見せてもらったことのある、寒川の上司の顔に変わった。魔法の便利グッズを手に入れてしまったのだ。これで、誰だって言うことを聞かせられる。
「ご飯食べた?」
「今、ちょっと取りかかったとこやった」
「あ、ごめん。食べたら電話くれる?」
「もちろん。おれからかける。またな」
 上田は通話を切った瞬間、壁にスマートフォンを投げつけた。壁に激突したケースが本体を守って粉々に割れ、ベッドの上に散らばった。上田は頭を抱えて、腹の底から唸った。これだけ何回も『おれからかける』と言っているのに、どういうわけか、向こうから電話がかかってくる。寒川のことは好きだ。これ以上の相手はいない。
 それだけ相性のいい相手なのに、どうしてこちらからの電話を待つことができない?
    
    
 まだ開店前で誰もいない『和音』の事務所。春美が早口で話す間、順は黙って聞いていた。一言も発さず、その頭の中だけが違う次元に飛ばされたように、ときどきうなずくだけで、春美が言葉を切っても目で先を促した。春美が全てを言い終わって、沈黙が流れた後、呟いた。
「はーさん。野市さんは無事なんか」
 春美はうなずいた。順は少し安堵したように息をつくと、言った。
「倉庫は、そこで確定なんやな? それやったら、俺らで今から助けに行く。道具はあるか?」
「事務所に行ったら、あるけど」
 順はしばらく黙っていたが、首を横に振った。
「時間がもったいないな」
 早足で厨房に歩いていき、『和音』の刻印が入った刺身包丁を手に取ると、春美に手渡した。
「鞄に入れとき」
「順ちゃんは、どないすんの?」
 春美が言うと、順は右手を顔の前に掲げた。固めた拳は厨房の青白い光に照らされて、ほとんど人間のものではないように見えた。
「これで事足りる」
 順はそう言って、上着のボタンを留めながら目を逸らせた。
「八年前に、約束したな」
 その口調に、責めるような響きはなかった。諦念にも似た、自分たちのやってきたことが無に帰したような無力感だけがあった。春美はうなずいた。
「野市さんを助けたら、その足で戻ろか」
 あやめは、夜中には眠っている。もう、後戻りはできない。杏奈を奪ってしまったのだ。その事実は崩せない。
「俺には、正直できるか分からん」
 順は俯いた。春美は、自分が背中を押すのは間違っていると頭の中で分かっていながら、それでも呟いた。
「順ちゃんができんかったら、私がやるから」
 こんな日が来るとは思っていなかったが、自分はこの手で、あやめを殺す。

 夜十一時。スカイラインの運転席で、順は終始無言だった。山道に入り、ダムから逸れる道に入ったあと、事故現場を通り抜けて、林道への分岐で脇に停車した。
「メールが来とる」
 急に店番を頼んだ祐介からで、『はーさんとはどない? あまり客おらんから、ちょっと早めに閉めるで』という内容だった。順は、メールを送った。
『相変わらずや。丸川のおっさんは来てるか』
『来てるよ』
『ええかげんニラも食えて、ゆうたれ』
 それを送ると、順は真っ暗な林道に目を凝らせた。
「この上か?」
 春美は冷気が車内に伝わってくるように、肩をすくめながらうなずいた。順は狭い国道で器用にスカイラインを転回させると、出口へ鼻を向けて停めなおした。
「ちょっときついけど、歩くぞ」
 順はエンジンを止めた。春美と一緒に林道の坂を歩き、窓から明かりの漏れる倉庫にたどり着いた。黒のアテンザと、野市の赤いカローラランクスが停まっている。順と春美は、裏手に回った。動物が死んだような匂いが、鼻を刺した。一緒に中へ入ろうとする春美に、順は小声で囁いた。
「入らんでええから、誰かが出てきたら大声出してくれ」
作品名:Deep gash 作家名:オオサカタロウ