Deep gash
もし、この道を進みたいなら。自ら蟻地獄に入るというなら、案内してもいいし、全て教えてもいいだろう。もしそうするなら、一番最初に教えないといけないことがあった。教本があるなら、最初のページに書いてあるだろうし、現にそれは、あやめの頭からすっぽり抜けていた。実際の犯罪は、指定した通りに進まない。必ず巻き添えが出るし、予定外のことが起きる。そして、あの『◎』だけは、絶対に実現できない。犯罪に巻き込まれた人間が無傷で抜け出すなんてことはあり得ないからだ。あやめは、杏奈という名前だけがどうしても飲み込めないように、苦しそうに顔を歪めた。それまでに傷つく心を持っていながら、どうして平然とこんな残酷なことができるのか。その言葉がそっくり返ってくるような性格の自分に、そんなことを言う資格はないとは分かっていた。
しかし今、目の前にいる自分の娘が、同じ二律背反の狂気を湛えた目で、こちらをじっと見ている。それは揺ぎ無い事実だった。八年前に結んだ、お互いの家を守るためだったはずの協定。それはあっけなく、一番近い身内の手で崩された。
春美はノートパソコンを閉じると、あやめがハンガーにかけたばかりのコートを羽織った。あやめはその場に立ったまま、出て行く春美の後姿を見送った。その刺すように冷徹な視線を目に入れないように、春美は足早にメルセデスに乗り込むと、電話をかけた。すぐに電話に出た順が声を発するより早く、春美は言った。
「順ちゃん、大変なことになったわ」
「建造のときを思い出すな。どないした?」