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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Deep gash

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「おれは会った時に、好きになりました」
 あやめは虚を突かれたように目を大きく見開き、しばらく胸を上下させていたが、やがてその表情は柔らかな笑顔に変わった。映画の中で誰かが笑い、荘介が言った。
「うるさいな、しばくぞ」
 あやめは笑った。荘介も笑い、あやめは全身から力が抜けたように、椅子に体を預けた。
「後出しですみません。わたしも、好きでした」
「それ言うのに、おれに顔隠せってのも斬新やね」
「変な家に育ったんで、勘弁してください」
   
   
 午後二時、上田は血まみれのワイシャツを乾かしながら、ストーブの前で体を温めていた。昼飯は、前園が買ってきたスーパーの弁当。スマートフォンでニュースをチェックすると、路肩に駐車していたライトバンにワンボックスが激突し、炎上したという記事が出ていた。ワンボックスの助手席から男性の遺体。それ以外はまだ何も書かれていないが、いずれ誘拐に行き着くし、火元が灯油で『男性の遺体』から弾が出てきたとなれば、殺人事件になるだろう。
 上田は、隣で同じように暖を取る高山に言った。
「連絡取り合ってんの? おれ、全然見てないねんけど」
 高山は首を横に振った。
「たいていは終わってからなんやけど、女の子を轢いてもたからな。報酬は減額やろね」
 上田は、乾いた血の上で息絶えた桃子と、その隣で仰向けに倒れている楢崎に視線を向けた。
「桃子と衛やっけ? その分は出るやろ?」
「おそらくな。あと一人残ってるし、それをちゃんとやったら、まあ何とかなるんちゃう」
 高山が言うと、上田はワイシャツの乾き具合をチェックしながら、口角を上げて笑った。
「これが終わったら、こっち一本でやっていきたいわ」
「仕事、やめんの?」
 高山は自分のことのように、顔をしかめた。上田はうなずいた。その様子に、高山は思った。人には、色々な適性がある。上田はたまたま、それが殺人だったのだ。だとしたら、今までに真面目に働いてきたサラリーマン生活は、一体何だったのか。
「前に彼女の話、したやろ?」
 上田は言った。高山はストーブの真っ赤な電熱線を眺めながら、うなずいた。上田は全部の爪に真っ黒な血の塊が詰まった手で、指輪を差し出した。
「今度の土曜な、プロポーズすんねん」
 ベンチに横になって、スマートフォンの画面を眺めていた前園が言った。
「結婚か?」
「はい、ちょっとこれは言いだせんので、しばらく仕事は続けると思いますけど」
 前園は呆れたように笑った。高山が言った。
「ええ店取らなあかんな。こんなことしてる場合ちゃうやん」
「もう取ったよ」
 上田は、高山と前園に豪奢なレストランの外観を見せた。二人は自分の人生のようにその写真を眺めて、顔を見合わせた。前園が言った。
「やりよんな」
 上田は返事もなく立ち上がると、ショック状態で体を丸めたまま震えている野市をやり過ごし、仰向けに倒れて死んでいる楢崎の体を起こして、壁にもたれさせた。首ががくんと前に垂れて、バットの一撃で陥没した眼窩から血が流れ出した。
「巻き込んですまんな。これ、返すわ」
 楢崎の、特徴的な頭頂部。上田はそれを皮ごと剥がして、朝からカツラのように被っていたが、丼の蓋のように持ち上げると、元の持ち主の頭に乗せた。立ち上がると、寒川から来ている『大丈夫?』というメールに返信した。
『やっぱりな、面白さでは本家には勝てん』
 前園は外に出て澄んだ空気を吸いながら、スマートフォンの画面を眺めていた。さっき上田の結婚話で中断したが、掲示板に動きがあった。お知らせのところに小さなマークがついている。自分宛ではないが、公開相手の中に自分が入っているスレッドが立っていた。前園はその内容に目を通して、思わず笑った。雲ひとつなく晴れている尾根を眺めながら、呟いた。
「このタイミングで?」
 スレッドへの書き込みはまだ一件もない。前園はパイプ椅子に腰掛けると、煙草に火をつけて、返信を打ち込んだ。
  
  
 テレビから流れるニュースを見た順は、思わず洗い物の手を止めた。先に音声が耳に入って、映像が飛び込んできた。空撮で、車線を完全に塞ぐように、二台の焼け焦げた車が映っている。朝、三人から新しい連絡がなかった時点で、悪い予感はしていた。順は居間のソファに座ると、テレビで報道されている内容に耳を澄ませた。洗濯物を取り込んだ祐介が居間に顔を出して、言った。
「どないしたん?」
 順が首を横に振るのを見て、祐介はニュース映像に視線を向けた。半分真っ黒に焦げているが、先端には色が残っていた。
「あのセレナ……」
 順はうなずいた。そして、その後ろに激突したキャラバンを指差した。
「助手席から死体が上がった。おそらく、衛や」
 祐介は小さく息をつくと、順の隣に腰を下ろした。
「桃子さんと、楢崎さんは? 一緒やったんちゃうの?」
「まだ分からん」
「いや、絶対セットやろ。連絡つかんのちゃうん?」
 順は思わず、テレビの音量を下げた。祐介は言った。
「前に、金庫に金めっちゃ入れとったやろ。よう、事務所の前でマモさんとしゃべっとったやん。俺は、親父らが堅気ちゃうのは、昔から分かってた」
 順は黙って聞いていたが、一度咳払いをしてから言った。
「なんか一つでも、警察が解決しよったか?」
 祐介は首を横に振った。そして、言った。
「別に堅気ちゃうからって、何も言うつもりはないで。今までもそう思っててんから。ただ、教えて欲しいねん。杏奈が死んだんは、親父らがやってきたことが原因なん?」
 順は一瞬視線を落としたが、首を横に振った。
「分からん。ただ、堅気のままやっとったら、八年前に食いつぶされて終わっとったやろうな」
 祐介は、八年前の記憶を呼び起こしていた。衛と豪快に笑い、楢崎を『カッパ』と呼んで、アイラインを真っ黒に引いた目を細めながら桃子がたしなめる。そんな親戚たちが店でくつろぐ中、赤本片手に勉強をしていた。今まで、順の声に弱さを感じたことはなかった。でも、今は土台の部分がぶれて、言葉になって出てくる頃には、まるで別人の言葉のように力を失っていた。
「親父、俺は横井家の人間やから、この家のやり方でやる」
 順は首を横に振った。
「あかん」
「どうするん、もう親父と俺しかいてないんやで」
 祐介が言ったとき、順は眉間を押さえて、それでも頬を緩めた。
「それは分かっとる。お前の気持ちはありがたいけど、もうちょっと待て」
 祐介はそれ以上言うことが思いつかないように、ソファから立ち上がると、言った。
「仕事あったら辞めなあかんとこや。無職でよかったわ」
「あほ抜かせ」
 順はそう言って、祐介を追い払うように手を振った。ソファに体を預けて、思った。
 祐介の口から、荘介の名前は一度も出なかった。誰の背中も見せられなかったが、兄弟を守る男に育ったのだ。
    
    
 あやめが家に帰ってきて、春美は台所でコーヒーを飲みながら言った。
「おかえり、体調どう?」
「もう元気。コートありがとう」
作品名:Deep gash 作家名:オオサカタロウ