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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Deep gash

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 足元に置かれた鞄。入っている現金の額も知っているし、特定のダイヤルで開くことも知っている。一見ホストと水商売の女のカップルに見える二人が実はヤクザの運び屋で、この近くを白のレジェンドで通るということも知っていた。それこそ、ナンバープレートやヘッドライトの色まで。
 しかし、ダイヤル錠の番号はこの二人しか知らない。
 今のところ、長戸は女性特典で無傷。森下は左手の指を全て、第二関節から切り落とした。順は血と皮の破片がこびりついたペンチを床に置いた。衛は新しい料理のメニューを考えているように壁の方向をじっと見ていたが、ふと長戸の方を向いた。
「何持ってんねん」
 衛は頭を掴んで長戸をうつ伏せに倒した。後ろ手に握られた携帯電話を取り上げて、目を丸くした。順は肩を揺すって笑いながら言った。
「おー、油断禁物やな。いつから持っとったんや。プリ……、なんとかテンコーかお前は」
「プリンセスやろ」
 補足すると、衛は一度唇を強く噛んで俯いた。順からペンチを受け取り、長戸の中指に当てた。力を込めようとした時に、森下が三桁の番号を叫んだ。衛が長戸から離れ、順はダイヤルを回して鞄を開けた。聞いていた通りの現金が、想像していたとおりの並びで入っていた。
「サンキュー」
「お前、誰にかけようとしとったんや?」
 衛が長戸に言った。代わりに森下が口を開いた。
「……警察」
 順はそれを聞いて、衛と顔を一度見合わせると、声に出して笑った。
「警察? 仲間ちゃうんかい。お前、立派な紋々入れよって、通報すんのか?」
 衛が長戸の携帯電話を持ってきて、森下の目の前に置いた。順は言った。
「どうぞ。ただ、お前なんか勘違いしとらんか? 警察が守るんは、お前らちゃうぞ」
 衛は一度背伸びをした。ただでさえ巨大な体躯がさらに伸び上がって、影は部屋の半分を覆うぐらいになった。長戸の体をひょいと持ち上げると、上下逆さまに地面へ叩き付けた。首の骨が折れて長戸は即死した。順は言った。
「警察はお前から俺らを守るんやぞ。刑務所に入れよる。お前はそれがいやでなったんちゃうんかい。あれや、アウ……」
「アウトロー」
 衛が補足しながら、ジーンズのポケットから折りたたみ式の剃刀を取り出した。順はそれを受け取ると、刃を開きながら言った。
「ええか。法律は被害者を守るためにあるんやないぞ。加害者を復讐から守るためにあるんじゃ」
 髪を掴んで頭を引っ張り上げ、順は森下の首を剃刀で真横に切り開いた。
 衛がドアを蹴り開けるように外に出て、叫んだ。
「カッパ! 車回せ!」
 二人にカッパと呼ばれ続けている楢崎八輔は、八人兄弟の末っ子で、長男は大輔、次男は浩次だが、次から末っ子までが『数字』に『輔』の組み合わせで名づけられた。長男と次男の名前は羨ましいが、四輔の読みが『よすけ』であることだけは馬鹿にしており、自身の読みが『はすけ』ではなく『はちすけ』であるということが、プライドを保つのにかろうじて役立っていた。年齢は四十五歳で、本業は長距離ドライバーだが、身長が百六十センチと小柄な楢崎は、乗り込むだけでも仲間がその姿を面白がり、ダンボールを二つ持っただけで体が全部隠れて箱が歩いているような姿に見えることから、『ハコスケ』と呼ばれることもあった。猫背で、すぐに泳ぐおどおどした目つきも相まって、すぐに荒っぽい運転手達のターゲットになった。
 そんな四面楚歌の職場で、楢崎のことを馬鹿にしなかった人間が一人だけいた。七歳年下の事務員で、最初から楢崎に親切だった。綺麗にウェーブのかかった茶髪に、やや目尻が垂れていて、はっきりとした大きな目。派手な外見で運転手達の熱い視線を浴び続けていたが、ほとんどを相手にしないのに対して、楢崎にだけはよく話しかけた。突然人生に入り込んできたチャンスを逃がすわけもなく、楢崎は短い交際を経て結婚した。それ自体が十年前のことで、横井桃子は、晴れて楢崎桃子になった。そして、桃子の不肖の兄二人との付き合いが始まった。腰を壊して運転手を廃業してからは断る理由もなくなり、この仕事で貰う分け前と桃子の収入が生活の糧になっていた。
 年代物のキャラバンをバックで倉庫の前まで下げて、楢崎は『カッパ』の由来になった中途半端なはげ頭を撫で付けた。飛び降りるように運転席から降りると、順が笑いながら血まみれのペンチを差し出した。
「ほれ」
「ちょっと待ってください。血ぃついてますやんか」
 血や内臓が苦手な楢崎は顔を歪めて目を逸らせ、肩で息をしながら、細く息を吐いた。
「……大丈夫……大丈夫」
 楢崎が小さく呟いていると、衛が小突いた。
「何が大丈夫じゃ、はよ準備せんかいな」
「ちょっと、やめーや」
 パーカーのフードを頭までかぶった桃子が助手席から降りてきて、その場にいる全員をからかうように言った。楢崎を庇うように肩を持って、言った。
「大丈夫?」
「うん、いける」
 桃子は知り合ったときと変わらない大きな笑顔を作った。目尻にしわが少し追加されただけで、三十八歳には見えない。
「よしっ、がんばろー」
 桃子はそう言うと、キャラバンのリアハッチを開けて、ビニールシートをピンと張った。楢崎が慌てて手伝う様子を見ながら、順は煙草に火をつけた。横に立つ衛に言った。
「桃ちゃんは、なんであんなんと一緒になりよったんや」
「七不思議やな」
 衛が言うと、順は笑った。
「七つも要らんわ」
 家族経営の殺人事業。これ自体が七不思議の一つに分類されてもおかしくない。しかし、長男である以上、誰にも金の苦労はさせたくない。だからこうやって、全員が共犯の関係を選んだ。理由や事情を加味すれば、七不思議への分類は免れるかも。少なくとも、三人の子供に知られることがないよう、細心の注意を払ってきた。
 順は宙に向かって煙を吐いた。楢崎はドライバー。桃子は部材調達。衛が暴力担当で、全体を見渡す順は、営業兼、計画。顧客は八年間ずっと同じで、仲間内では『はーさん』と呼ばれている。順は携帯電話を取り出した。
 衛がポリ袋に死体を包み、キャラバンの荷室に投げ込んだ。ごつんという固い音に混じって柔らかい皮膚同士がくっつく湿った音が鳴り、それを敏感に聞き分けた楢崎が涙目で俯いた。
「慣れへんわ……」
 桃子が楢崎の背中をさすりながらそのまま運転席に押し込み、順と衛にひらひらと手を振った。二人は手を振り返し、順は途中になっていたメールの続きを打った。
『ええさかなはいったよ』
 返事は素早く、簡潔。
『連絡ありがとさんです。週末顔出すわな』
 はーさんは、金貸しをやっている。すねに傷を持つ人間の借金から、ヤクザの金の流れまで、ありとあらゆる場所から情報を集めるプロだ。時々、その中に脇の甘い運び屋や、食い詰めたヤクザ者が舞い込んでくる。はーさんは様々な『業者』を使うが、こういう案件は優先して回してくれる。順と衛の性質を良く理解しているからだろう。順はほとんど灰になった煙草を携帯灰皿に押し込んだ。
 横井家は、警察に逃げ込めない人間を狙う。

作品名:Deep gash 作家名:オオサカタロウ