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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Deep gash

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 荘介は部屋の電気をつけて、窓から顔を出した。全身に巡る血が熱湯にすり替わったように熱を帯びていて、寒さは感じなかった。
「ごめんな……」
 代わりにいたとしても、何ひとつ変えられなかった。でも、映画に行くよう背中を押したのは、自分だ。映画に行ったからといって、駐車場で車に轢かれて命を落とすなんてことは、考えもつかなかった。その代わりに、これからはずっとそう考え続けることになるんだろう。
 祐介の足音が聞こえてきたが、廊下を通り過ぎてそのまま隣の部屋に吸い込まれていった。荘介は窓を閉めて、思った。さっきの親父と祐介の会話や、煮え切らない態度。警察を頼らないつもりだ。荘介は部屋から出て、祐介の部屋の電気が消えたことを確認すると、杏奈の部屋に入った。野市が忘れ物をしていて、それが手がかりになったりとかしないだろうか。支離滅裂な考えが頭に浮かび、どうしてもじっとはしていられなかった。探偵のように、自分たちの手で誘拐犯を見つける。その馬鹿らしい考えに納得するには、こちらも同じ土俵に立つ必要がある。荘介は、杏奈が野市のために用意した付箋や色ペンを見て、ノートを開いた。木曜日の夜に勉強した跡が最後。杏奈の丸い字と、野市が向かい合わせになった杏奈に分かるよう、上下逆さまに書いた字。若干いびつだが、その筆跡は真摯で、丁寧だった。色とりどりの付箋が教科書に挟まれていて、二人だけに分かる暗号のように矢印や注釈が書き込まれていた。ノートを閉じてカーペットの上に座ると、スケッチブックが机の下に置いてあるのが見えて、荘介はそれを手に取った。

 順は誰もいない居間でソファに座り、電話が鳴るのを待っていた。天ぷらのナンバー、ライトブルーのセレナ、身障者スペースに停まっていて、運転席の男は足を乗せて休憩しているように見えた。祐介から聞いた全てが、頭の中をめぐっている。野市に何かを突きつけていた助手席の男と、後部座席に座った男。一瞬で、完全な人相は分からなかったと言っていた。
 手の中でスマートフォンが光り、順は春美からであることを確認して、通話ボタンを押した。
「もしもし」
「順ちゃん、今いける?」
「いけるよ、ごめんな夜中に。演奏会はどないなった?」
「今日はみんな寝てるよ。明日本番やからね。私はホテルに戻ってきた。野市さんのことやねんけどな」
 順が聞く準備に入ったとき、荘介が階段を駆け下りてきて叫んだ。
「親父!」
 順は振り返って、言った。
「待て、電話中や」
 春美は一度咳払いすると、言った。
「野市美知子の父親は、野市遼。資産家やね。若い頃に、金融詐欺で一回捕まってるわ。扱ってる商品からすると、この人は後ろにヤクザがいてるんちゃうかな」
 順は唇を噛んだ。野市家は『警察に逃げ込めない人間』だ。俺たちと同じことをしている奴らがいる。すぐ横に座った荘介が、順の膝の上にスケッチブックを放った。祐介が降りてきて、言った。
「どないしたんや」
 順はスピーカーを手で押さえて、スケッチブックに視線を落とした。色鉛筆で赤く塗られた野市の車。路駐の目印になる電柱。最後の授業の日。やってきた野市を杏奈が迎えに出たときの目線で描かれている。丁寧に描き込まれた背景を、荘介は指差した。野市の車を見ているような、影のように真っ黒な人間がいる。頭が異様に大きく見えるが、髪の部分が大半で、何重にも重ねた丸で描かれていた。
 祐介が呟いた。
「そいつ、後部座席に乗ってた奴や。天パやった」
 順は春美との通話を一度中断し、それを写真に収めると、春美に送った。もう一度電話をかけて、言った。
「こんな身なりの奴、見たことあるか?」
「調べてみるわ。明日はちょっとあかんかもしれんから、堪忍してや」
「ありがとな。頼むで」
「順ちゃん」
 突然名前を呼ばれ、順は息を止めた。昔にも、そんな風に名前を呼ばれたことがあった。今は、祐介がスケッチブックを取り上げて観察するようにじっと見つめ、荘介はその様子を隣で見ている。もしこの場にいたら、春美は二人に辛抱強く付き合っていただろう。それこそ、母親のように。順が黙っていると、春美は呟くように言った。
「手伝うから、要るもんがあったらなんでもゆうといでや」


 日曜日の朝七時、掛け布団が引っ張られたように感じて、桃子は目を覚ました。暖房は頭がぼうっとするからという理由で、緩くしかつけていなかった。少し布団がずれると、猛烈な冷気が入り込んでくる。桃子は左手で隣に寝ているはずの楢崎に触れようとしたが、目を開けて見るとその姿はなかった。
「ハチ?」
 二部屋と台所しかないマンションの一室に十分届く声だったが返事はなく、一度枕に頭を預けた。二人分が混ざってずれた布団を元に戻して目を閉じたが、桃子は一分も経たない内に体を起こして、壁にかかったダウンジャケットを羽織った。この時間に外に出かけることは、滅多にない。
 テレビをつけて、二人分のコーヒーを沸かして保温にした桃子は、カーテンの隙間から差し込むオレンジ色の朝日を見ながら、眠れるだろうかと思っていた昨日の自分を笑った。家に帰ってきたあと、二人で簡単な晩御飯を作って食べ、そのままいつものようにテレビを見て、眠った。冷たいと決め付けられる筋合いはないと思いながらも、意識を一枚剥いだ下では、頑なにそう断定している。
 自分も含めて、横井家は人の死に慣れすぎている。自分たちで、そうなったのだ。桃子は換気扇をつけて、くしゃくしゃに曲がったキャスターの箱から一本抜くと、火をつけながら思った。八年前、順は初めて人を殺した。そして、その殺しが今の自分たちを築き上げた。今までに横井家が殺した人間は皆、筋金入りのヤクザ者や犯罪者達。人数は忘れてしまったが、行方不明になっても、ニュースに載るどころか、届け出が出ること自体がまれだった。部材調達と言いながら、実質、桃子は何もしていない。楢崎は運転が上手い。車幅とほとんど変わらない路地でも、難なく通り抜ける。車庫入れで切り返している姿も、記憶にない。そして、順と衛の楢崎に対する扱いは悪いが、分け前は四人で四等分している。先日の仕事では、運転だけで楢崎と桃子にそれぞれ百万ずつが転がり込んだ。
 今住んでいるマンションは狭いが、そうやって殺しで得た報酬はできるだけ貯金して、楢崎の破れたジャージは布を当てて補修しながら、広い車庫の家を探している。どことなく具体的になってきたところだったが、今回の件がきっかけになって、どう転ぶのかは見当もつかなくなった。楢崎は、今から働くことができるだろうか。桃子は灰皿に格下げされた古いマグカップに灰を落として、上から水を足した。自分はこのまま今の会社で勤めていられるだろうし、自分一人で食べていくには充分な給料を得られる。しかし、楢崎と二人分となると、今住んでいるこのマンションですら生活を維持するのは危うくなる。貯金を崩していけば暮らしていけるだろうが、そういう生活の終わりは意外に早く来るものだ。楢崎の腰の調子が良ければできることもあるだろうが、おそらく運転以外はやる気がない。
作品名:Deep gash 作家名:オオサカタロウ