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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Deep gash

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 煙草の灰を落とす音が平手打ちのように響いて、目隠しをされたままの野市はびくりと肩を震わせた。途中で運転を代わるよう言われ、後部座席に座らされるのと同時に手を縛られて、目隠しを巻かれた。煙草と、鉄のような鼻の奥を直接刺す匂い。それに男物のヘアトニックの咽るような匂いが混じって、その空気を吸わないように細く息をしていると、一人が笑いながら言った。
「もう、目隠しええんちゃうの」
 誰もそれに答えなかったが、返事の代わりに頭が強い力で引っ張られ、目隠しが取られた。真っ白にさす光に視界を奪われ、野市は顔を逸らせた。ぼんやりと像を結んだ先に、シルエットが見えた。中途半端にほどいたワイヤーたわしのような髪形の男が、折れ曲がった煙草を地面に捨てた。その後ろにいるのは、顎が細くてアイドルのような顔をした、細身の男。木箱の上にあぐらをかいている男は会社員のようなワイシャツにスラックスで、街で一日に何百人とすれ違うような、目立たない顔つきをしていた。半分握り潰されたセブンアップの缶から器用に残りを飲み干す男に、野市は言った。
「杏奈ちゃんは……? あの子は?」
 セブンアップの缶を地面に放り投げて、上田は肩をすくめた。
「轢いてもた。巻き込んだから、たぶん死んどるわ」
 前園は、野市が叫ぼうとしていることに直前で気づき、口元を押さえた。悲鳴のような声が手の隙間から漏れて、暴れた足が前園のわき腹に命中した。思わず体勢を崩し、自分のわき腹を押さえる様子を見て高山が笑い、手に持っていたタイラップを投げた。
「だっせえ。ええキックするやん。足も縛っとけや」
 前園が拳を固めるのと同時に野市は思わず目を閉じたが、上田が首を横に振りながら言った。
「それはあかんぞ。ルール違反や」
 前園はタイラップで野市の足を縛り、拳に込めた力を逃がした。今までにないタイプの仕事だった。報酬はいつもの単価で固定額だが、身代金の額は自由。そして、取れた分はこちらの懐に全額入る。よほどの恨みがなければ、こんなことはやらないだろう。そのためには、かすり傷一つつけてはならない。前園は人差し指を立てると、自分の口に当てた。
「くれぐれも、静かに頼むで。トイレもメシもあるから、ちょっとの辛抱や」
 上田は倉庫の外に出て、体を伸ばしながら腕時計を見た。午後十時。県境の尾根から星がよく見える。電波を確認してから、寒川に電話をかけた。
「もしもし」
 若干眠そうだったが、それでも話すだけの元気はありそうだった。上田は言った。
「仕事はどやった?」
「うーん、ぼちぼち。隼人は何してたの?」
 上田は、真っ黒な口を開けるようにたたずむ倉庫を振り返った。
「連れと色々」
「楽しかった?」
「まあ、それなりに。明日はどうしてるん?」
「明日も仕事やねん、もう嫌や〜」
 寒川は半分諦めたように笑いながら言った。上田も笑い、星空がはっきりと姿を現すのに合わせて、息を大きく吸った。
「来週の土曜日は?」
「死んでも休む」
「縁起でもない。ほな、土曜ターゲットにして、予約取ってもいい?」
「うん。どんなお店?」
「前に由紀が行きたいって、言うてたとこ」
 上田が言うと、寒川は静かに笑った。
「えー、いっぱいありすぎて分からん」
「また言うから」
 しばらく仕事の愚痴に付き合ったあと、上田は電話を切った。とりあえず目的は果たしたのだから、三人全員で見張る必要はない。二人が常駐、一人が休むというシフトにしないと、持たないだろう。そう思いながら、上田はもう一度星空に目を凝らせた。
 ずっと、人を殺したいと思っていた。いつからか覚えていないぐらいに昔から、その衝動は頭の中にあった。由紀は土日も仕事が入ることが多いから、これからもこのように週末ががら空きになることは、多々あるだろう。やりたいことを両立できる相手が、ようやく見つかったのだ。あの優雅な身のこなしや、少しだけ掠れたハスキーな声。寒川由紀のような相手には、人生でそう出会うことができない。前園と高山は話半分にしか聞かないが、それは本人に会ったことがないからだ。上田はポケットに入れたケースを取り出して、星空にかざした。
 この指輪を渡すときは、忘れられない瞬間にしなければならない。


 たこ焼きとコンビニの弁当をテーブルに並べた荘介は、コップを三人分並べている祐介に言った。
「首、大丈夫なん?」
 祐介はうなずいたが、視線を合わせるために上を向いたとき、少しだけ顔を歪ませた。ピッチャーからお茶を注ぎ、順が席に着いたあと、荘介が自分の弁当の蓋を開けた。祐介はしばらく黙っていたが、順が食べ始めたのを見て、割り箸を割った。家に帰ったときは、深夜になっていた。
「親父、店はどないするん?」
 祐介が言うと、順は塊のような白米を飲み込むように食べてから、言った。
「月曜から俺が開ける。休むわけにはいかん」
「手伝うで」
 祐介の言葉に、順は首を横に振った。
「店はあかん。場所が割れとるからな」
 荘介が二人の会話に、唐揚げを持ったままの箸を止めた。真意を図りかねていると、順は二人に言った。
「何が起きてるんか分かるまでは、お前らも動くなよ」
「何が起きてるって、明らかに犯罪やんか。祐介、車見たんちゃうの?」
 荘介が呟くように言った。祐介は小さくうなずいたが、順の顔をちらりと見て、全員から目を逸らせた。順は言った。
「十二時間経った。連れ去りのニュースは見たか?」
 荘介は首を横に振った。順は真っ黒に消えているテレビの画面を指差した。
「祐介は、誘拐の瞬間を見とる。警察は俺に、連れ去りのことをひと言も言いよらんかった。どういうことか分かるか」
 荘介はしばらく祐介と順の顔を代わる代わる見ていたが、自信なさげに宙を向いて、あまり聞かせたくないように言った。
「まだ、誰も誘拐には気づいてないってこと?」
 順はうなずいた。
「時間の問題やろけどな。次は、野市さんに捜索願が出るかどうかや」
「出るやろ」
 荘介はそう言って呆れたように小さく笑った。順はそれに合わせてうなずきながら思った。二人は殺人稼業のことは知らない。祐介は衛や楢崎の雰囲気から何か気づいていてもおかしくはないが、荘介は犯罪の世界から完全に遮断されて育った。
「兄貴、言わんでええの?」
 荘介は、祐介に言った。祐介は質問のたびに食事の手が止まるのが億劫なように、ため息をついた。
「先に食え。家訓その一や」
 その一は『あかんときほど、飯を食え』。その通りだ。それに、今まさにそうしなければならないということも分かる。荘介は箸で掴んだ唐揚げを食べる気にならず、お茶を飲み干すと言った。
「のいちんが誘拐されたことを知ってるんは、祐介と親父だけなんやな。なんで警察に言わんの?」
 二人が黙っていると、荘介はほとんどが残った弁当をゴミ箱に捨てて、二階へ上がった。ベッドの上に座って考える。何となく開いたカーテンから、街灯の光が見える。亡くなった人間は空から見ているというが、杏奈なら病院からここまでの道でも迷いそうだ。家を見つけられずに、適当にその辺に寝転がって絵を描き出したら最後、家のことなんて忘れてしまう。
作品名:Deep gash 作家名:オオサカタロウ