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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Deep gash

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 祐介は抱きかかえるように杏奈の体を引っ張り、割れて穴が空いたようにめくれた頭蓋骨の間から血が流れ出しているのを見て、そのまま顔を伏せた。救急車と警察を呼んだ通行人が引き離そうとするまで、杏奈の体を抱えたまま動かなかった。順に電話をかけると、しばらく沈黙が流れた後、呟くように言った。
「そこにおれ。警察が来ても、何も見てないって言え」
 救急車や警察とほぼ同時に、埃だらけのスカイラインが駐車場に入ってきて、降りてきた順と衛が、ほぼ同時に祐介に言った。
「お前、怪我しとるぞ」
 祐介は警察に聞こえないように、抑えた声で言った。
「親父、車はセレナや。ナンバーは三百の七八五やった」
 順は何度もうなずきながら言った。
「分かった、分かったから後ろ向け」
「俺は大丈夫じゃ!」
 順を振り払うように祐介が言うのと同時に衛が後ろに回り、傷を見て首を横に振った。
「お前も怪我しとる。医者行け。杏奈は?」
 救急車は二台来ていた。片方を指差して、祐介は言った。
「あっちに乗ってる」
「どこを轢かれた」
 順が言うと、祐介は食いしばった歯をこじ開けるように呟いた。
「頭や」
 衛が目を伏せて、祐介の体を押した。
「早よ、お前も乗れ。片っぽはお前のために来たんやろが」
 順は救急車に乗り込み、呼吸器をつけられているが頭の半分が血で真っ赤に染まった杏奈の顔を見て、救急隊員に言った。
「はよ病院に行ったってくれ」
「家族の方ですか?」
「行け!」
 順は怒鳴るように言い、救急車のリアハッチを力いっぱい閉めた。警察官が二人歩いてくるのを見て、鼻で笑った。
「お前らは後回しじゃ」
 衛にスカイラインの鍵を投げると、言った。
「病院までついてけ」
 四時間後に、杏奈は死んだ。家に帰っていた荘介が病院に飛んできて、切り傷にガーゼを貼られた祐介の姿を見ると、その場に立っている力を失くしたように屈み、そのまま床に座り込んだ。祐介は何も言わずに、荘介の体を支えて引き起こし、ベンチに座らせると、首の痛みを抑えるように顔をしかめた。順と衛は、テレビのある待合室で各々携帯電話で話しており、話しかけられる雰囲気ではなかった。祐介は言った。
「一瞬やった」
 荘介は首を横に振った。
「兄貴……」
「聞け。あいつらは手際が良かった」
「おれが行ってたら……」
「誰が行ってても一緒や。代わりにお前が首に包帯巻いとるだけで、止められんかった」
 電話を切った衛は、祐介と荘介が話しているのを見ながら、思った。古い型のセレナは五ナンバーだから、祐介が見たナンバープレートは、他の車から外されて付けられたものだ。衛は、同じく電話を切った順に言った。
「天ぷらやろうな。盗難車か」
「今ごろは違うナンバーに付け替えとるやろう」
 順は、自分に言い聞かせるように言った。考え付くことはほとんどが現実的なことばかりで、そのスピードは今までに想像もできないぐらいだった。順は言った。
「カッパは?」
「あと三十分で来る。桃ちゃんも一緒や」
 衛はそう言って、頭痛を追い払うように眉間を押さえた。
「心当たりはあるんか?」
 順は首を横に振った。
「ない。野市を狙った誘拐やろうな。あの子の家庭の事情が分からんから、まだなんとも言えん。身代金目的なんか、野市自体が目的なんか」
「祐介の話やと、三人おったらしい。暴行目的やと大げさすぎんか」
 衛はそう言って、手持ち無沙汰になったが煙草を吸うわけにも行かず、行き先が模様になった病院特有の壁を眺めながら小さく息をついた。順がふと思いついたように、携帯電話を耳に当てた。
「もしもし、今電話いける?」
「いいよ。どうしたん?」
 春美は運転中らしく、声に風切り音が混ざっていた。順が事情を説明すると、電話の向こうでどんな表情をしているのか読み取れるぐらいに、その動揺は声に表れていた。
「そんな……、かわいそうに……」
「誘拐されたんは、うちに来てた家庭教師や。野市美知子としか分からん。大学の名前とかは分かる。この子の家とか、調べられへんかな」
「お金目的かどうかってこと? もうちょっと詳しく教えてくれる?」
 知る限りの情報を伝えると、春美は言った。
「なるだけ早く連絡するわな。明日は演奏会の本番やから、昼間は電話繋がらんけど、堪忍な」
 楢崎と桃子が廊下を走ってきて、祐介と荘介に話しかけるのが見えた。電話を切った順が窓を叩いて楢崎と桃子を呼び寄せ、二人が入ってくるなり言った。
「相手は堅気やない。俺らのやり方で行く」
 楢崎は小刻みに震えるようにうなずいた。桃子はすでにアイラインが涙で流れきっていて、静かな怒りが込められた目で、順の目をまっすぐ見返した。
「うちらは、どないしたらいい? また連絡くれる?」
 順はうなずいた。横井家は、法律のような甘ったるいものには頼らない。
 杏奈を奪った連中は、家族の手で殺す。

作品名:Deep gash 作家名:オオサカタロウ