街角のマンモス
桜がちらほら咲き始めたというのに、雪が降っている。まったくこのごろの天気はおかしい。氷河期でも来るみたいだ。
せっかくの春休みも、友だちのゆうやとケンカしたぼくは、お天気と同じようにうつうつとして退屈な毎日を過ごしていた。
ゲームだって、仲間と対戦するほうがずうっとおもしろいのに、その相手もいない。
ぼくから一言あやまればすむことかもしれない。でも、約束を破ったのはあいつ。ぼくは意地になっている。だってあいつときたらわざとサッカー部の仲間と、ぼくんちの前を大声で楽しそうに話しながら通っていったりするんだ。よけい腹が立つ。
それでも、今日は大好きなゲームの新シリーズの発売日。ぼくはコートを着ると勢いよく外へ飛び出した。
1秒でも早く手にしたいぼくは、ゲーム屋さんめざして、急いで通りの角を曲がった。
「うわ」
いきなり何かにぶつかって目から火が出た。
「いたたた。看板なんかあったっけ?」
そう思いながら見てみると、たちまちぼくは固まった。
こんなことってあり?
ぼくの前に立ちはだかっているのはマンモスだ!
わお、タイムスリップ? と、あわててあたりを見回すと、雪にかすんではいるけれど、見なれた町の風景だ。
マンモスは大きいけど……小さかった。つまり子供のマンモスだ。長い毛におおわれた黒い目はなんだかとても悲しそうだ。ぼくが突っ立ったままでいると、マンモスがしゃべった。
「春をさがしてるの。お母さんと一緒に食べ物のある場所に行く途中なんだけど……」
どうやらお母さんとはぐれたらしい。
「残念だけど、ここは君の住む世界じゃないよ」
すると、マンモスはしょんぼりとうなだれた。そうして鼻の先で雪の上に「の」の字を書きながら身の上話を始めたんだ。
生まれてからずっとお母さんや仲間といっしょに、食べ物のある場所をめざして旅をしているんだって。ぼくは同情したけど、どうしていいかわからない。聞かないふりをしてゲーム屋さんに向かった。新しいソフトを買って外に出ると、マンモスはちゃっかりそこで待っていた。
「しょうがないな。ついてきなよ」
と、ぼくはえらそうにマンモスに言った。こうなったら、行きがけの駄賃てやつかな。家に連れて帰ることにしたんだ。
都合のいいことに、マンモスはぼくにしか見えないし、さわれないみたいだ。道路をずしりずしりと歩いているのに、走る車はマンモスの身体をすり抜けていく。よかったよ。生身の身体だったら、こんなの連れて歩けやしない。
お腹が空いているというので、たこ焼きを買って帰った。
さすがにマンモス一匹いると、せまい部屋の中はきゅうくつだ。たこ焼きを食べながら、どうしたらもとの世界にもどれるか、一緒に考えた。
「うわあ、おいしいね。はじめて食べたよ」
マンモスはうれしそうに笑った。そりゃあそうだ。原始人だってたこ焼きなんかしらないよ。 ぼくは早くゲームをやりたくて、考えるふりをしながら、テレビのスイッチを入れ、ソフトをセットした。
「なあに? これ、なあに?」
マンモスはすごく興味を持ったみたいで体を乗り出してきた。
「ちょっと、せまいんだから離れてよ」
ぼくはマンモスをほっといてゲームに夢中になった。
広い平原を旅する勇者に、怪物や魔法使いがおそいかかる。けがをした人を助けてヒントをもらったり、仙人から武器をもらって敵をやっつけ、お姫様を助けて宝を手に入れるストーリーだ。
進めるうちにマンモスが口を出してきた。
「南に行くんだよ。そっちは絶壁だ」
「な、なんでわかるんだよ」
「ここ、ぼくが生まれたところとにてるんだもん」
ビックリして画面をじっと見つめると、いままで草原だったところが一面雪景色に変わっている。ぼくは操作を間違えたのかと思って、コントローラーのスイッチをめちゃくちゃに押しまくった。またもとの画面にもどったので、続きをはじめると、
「ちがうよ。もっとこっちだよ」
マンモスは鼻で画面を指した。くやしいけど、マンモスの言うとおりに進むほうがうまくいく。
そのうち、マンモスはぼく以上に夢中になった。コントローラーを前足で押さえ、鼻でボタンを押していく。うまいもんだ。
ぼくとマンモスは一緒に怪物をやっつけ、傷ついた竜を魔法のクスリで治してやったりしたんだ。危機におちいったときも助け合って乗り切った。
いつのまにか、ぼくはゆうやといっしょにゲームをしているような気持ちになった。
(そうだよな。楽しいことのほうがいっぱいあったんだ)
最後に悪い魔王を二人で力を合わせて退治したときは抱き合って喜んだ。
「やった。やったぁー!」
「よかったね」
ひとりでポツポツやってたら、もっと時間がかかったはずだけど、マンモスと一緒だったからすごく早くクリアーできた。それも何倍も楽しく。
(あいつと一緒の時も楽しかったよな)
ぼくがゆうやのことを思い出してしんみりしていたら、マンモスが心配して顔をのぞき込んできだ。
「どうしたの?」
ぼくはゆうやとのことをマンモスに話したんだ。
「ケンカするなんてぜいたくだよ。仲間がいるってすごく幸せなことなんだから」
ひとりぼっちのマンモスは声を詰まらせた。
「そうだよね。ぼくがあいつのことを許さないって思うのは、きっとあいつに甘えてるからかもしれないね」
考えてみたら大したことじゃなかった。あいつがぼくとの約束を破ったのは、たんに日にちをまちがえただけのことだったんだ。それをぼくは、あいつが重大な罪を犯したみたいに責め立てた。いっしょうけんめいあやまってたのに。
あいつが逆ギレするのもわかるような気がする。
「友だちを大事にしてね」
マンモスが鼻でぼくの肩を軽くたたいた。
「うん」
おおきくうなずいてマンモスの方をみたら、姿がなかった。たった今までとなりにいたのに。
「あれ? おーい。マンモスぅ」
呼んだけど返事がない。せまいはずの部屋ががらんとして、やけに広く感じた。
その時、テレビ画面が白っぽく光っているような気がして見てみると、いつのまにか、広い雪原が写し出されていた。
「あ」
そこには一匹のマンモスがいた。ひとりぽっちでひたすら歩き続けている。
「がんばれ!」
思わず、ぼくはこぶしをにぎりしめてそう言った。
「ありがとう。がんばるね」
マンモスの声がかすかに聞こえてきたような気がした。
その時、玄関のチャイムが鳴った。お母さんは買物に行って留守なので、しぶしぶぼくはでていった。
ドアを開けると、そこにはゆうやが少しはにかんだように笑って立っていた。
「よ。まさる」
素直じゃないぼくはドアに寄りかかりながらふてくされたように言った。
「なんか、よう?」
「今日のゲームさ。おまえ買っただろ?」
ぼくは首だけをたてに大きくふった。
「第三ステージのところがさ。上手く越せないんだ」
「ふうん。ぼくなんかすぐに越しちゃったよ。楽勝さ」
(こんな皮肉をいえば、ゆうやはまた切れるだろうな)
わかっているのに、またやっちゃった。ところが意外にもゆうやは、
「さすが、まさるだよ。よ、大将! おれにも秘法を伝授してよ。な、師匠」
ときたもんだ。
「しょうがないな。あがれよ」
せっかくの春休みも、友だちのゆうやとケンカしたぼくは、お天気と同じようにうつうつとして退屈な毎日を過ごしていた。
ゲームだって、仲間と対戦するほうがずうっとおもしろいのに、その相手もいない。
ぼくから一言あやまればすむことかもしれない。でも、約束を破ったのはあいつ。ぼくは意地になっている。だってあいつときたらわざとサッカー部の仲間と、ぼくんちの前を大声で楽しそうに話しながら通っていったりするんだ。よけい腹が立つ。
それでも、今日は大好きなゲームの新シリーズの発売日。ぼくはコートを着ると勢いよく外へ飛び出した。
1秒でも早く手にしたいぼくは、ゲーム屋さんめざして、急いで通りの角を曲がった。
「うわ」
いきなり何かにぶつかって目から火が出た。
「いたたた。看板なんかあったっけ?」
そう思いながら見てみると、たちまちぼくは固まった。
こんなことってあり?
ぼくの前に立ちはだかっているのはマンモスだ!
わお、タイムスリップ? と、あわててあたりを見回すと、雪にかすんではいるけれど、見なれた町の風景だ。
マンモスは大きいけど……小さかった。つまり子供のマンモスだ。長い毛におおわれた黒い目はなんだかとても悲しそうだ。ぼくが突っ立ったままでいると、マンモスがしゃべった。
「春をさがしてるの。お母さんと一緒に食べ物のある場所に行く途中なんだけど……」
どうやらお母さんとはぐれたらしい。
「残念だけど、ここは君の住む世界じゃないよ」
すると、マンモスはしょんぼりとうなだれた。そうして鼻の先で雪の上に「の」の字を書きながら身の上話を始めたんだ。
生まれてからずっとお母さんや仲間といっしょに、食べ物のある場所をめざして旅をしているんだって。ぼくは同情したけど、どうしていいかわからない。聞かないふりをしてゲーム屋さんに向かった。新しいソフトを買って外に出ると、マンモスはちゃっかりそこで待っていた。
「しょうがないな。ついてきなよ」
と、ぼくはえらそうにマンモスに言った。こうなったら、行きがけの駄賃てやつかな。家に連れて帰ることにしたんだ。
都合のいいことに、マンモスはぼくにしか見えないし、さわれないみたいだ。道路をずしりずしりと歩いているのに、走る車はマンモスの身体をすり抜けていく。よかったよ。生身の身体だったら、こんなの連れて歩けやしない。
お腹が空いているというので、たこ焼きを買って帰った。
さすがにマンモス一匹いると、せまい部屋の中はきゅうくつだ。たこ焼きを食べながら、どうしたらもとの世界にもどれるか、一緒に考えた。
「うわあ、おいしいね。はじめて食べたよ」
マンモスはうれしそうに笑った。そりゃあそうだ。原始人だってたこ焼きなんかしらないよ。 ぼくは早くゲームをやりたくて、考えるふりをしながら、テレビのスイッチを入れ、ソフトをセットした。
「なあに? これ、なあに?」
マンモスはすごく興味を持ったみたいで体を乗り出してきた。
「ちょっと、せまいんだから離れてよ」
ぼくはマンモスをほっといてゲームに夢中になった。
広い平原を旅する勇者に、怪物や魔法使いがおそいかかる。けがをした人を助けてヒントをもらったり、仙人から武器をもらって敵をやっつけ、お姫様を助けて宝を手に入れるストーリーだ。
進めるうちにマンモスが口を出してきた。
「南に行くんだよ。そっちは絶壁だ」
「な、なんでわかるんだよ」
「ここ、ぼくが生まれたところとにてるんだもん」
ビックリして画面をじっと見つめると、いままで草原だったところが一面雪景色に変わっている。ぼくは操作を間違えたのかと思って、コントローラーのスイッチをめちゃくちゃに押しまくった。またもとの画面にもどったので、続きをはじめると、
「ちがうよ。もっとこっちだよ」
マンモスは鼻で画面を指した。くやしいけど、マンモスの言うとおりに進むほうがうまくいく。
そのうち、マンモスはぼく以上に夢中になった。コントローラーを前足で押さえ、鼻でボタンを押していく。うまいもんだ。
ぼくとマンモスは一緒に怪物をやっつけ、傷ついた竜を魔法のクスリで治してやったりしたんだ。危機におちいったときも助け合って乗り切った。
いつのまにか、ぼくはゆうやといっしょにゲームをしているような気持ちになった。
(そうだよな。楽しいことのほうがいっぱいあったんだ)
最後に悪い魔王を二人で力を合わせて退治したときは抱き合って喜んだ。
「やった。やったぁー!」
「よかったね」
ひとりでポツポツやってたら、もっと時間がかかったはずだけど、マンモスと一緒だったからすごく早くクリアーできた。それも何倍も楽しく。
(あいつと一緒の時も楽しかったよな)
ぼくがゆうやのことを思い出してしんみりしていたら、マンモスが心配して顔をのぞき込んできだ。
「どうしたの?」
ぼくはゆうやとのことをマンモスに話したんだ。
「ケンカするなんてぜいたくだよ。仲間がいるってすごく幸せなことなんだから」
ひとりぼっちのマンモスは声を詰まらせた。
「そうだよね。ぼくがあいつのことを許さないって思うのは、きっとあいつに甘えてるからかもしれないね」
考えてみたら大したことじゃなかった。あいつがぼくとの約束を破ったのは、たんに日にちをまちがえただけのことだったんだ。それをぼくは、あいつが重大な罪を犯したみたいに責め立てた。いっしょうけんめいあやまってたのに。
あいつが逆ギレするのもわかるような気がする。
「友だちを大事にしてね」
マンモスが鼻でぼくの肩を軽くたたいた。
「うん」
おおきくうなずいてマンモスの方をみたら、姿がなかった。たった今までとなりにいたのに。
「あれ? おーい。マンモスぅ」
呼んだけど返事がない。せまいはずの部屋ががらんとして、やけに広く感じた。
その時、テレビ画面が白っぽく光っているような気がして見てみると、いつのまにか、広い雪原が写し出されていた。
「あ」
そこには一匹のマンモスがいた。ひとりぽっちでひたすら歩き続けている。
「がんばれ!」
思わず、ぼくはこぶしをにぎりしめてそう言った。
「ありがとう。がんばるね」
マンモスの声がかすかに聞こえてきたような気がした。
その時、玄関のチャイムが鳴った。お母さんは買物に行って留守なので、しぶしぶぼくはでていった。
ドアを開けると、そこにはゆうやが少しはにかんだように笑って立っていた。
「よ。まさる」
素直じゃないぼくはドアに寄りかかりながらふてくされたように言った。
「なんか、よう?」
「今日のゲームさ。おまえ買っただろ?」
ぼくは首だけをたてに大きくふった。
「第三ステージのところがさ。上手く越せないんだ」
「ふうん。ぼくなんかすぐに越しちゃったよ。楽勝さ」
(こんな皮肉をいえば、ゆうやはまた切れるだろうな)
わかっているのに、またやっちゃった。ところが意外にもゆうやは、
「さすが、まさるだよ。よ、大将! おれにも秘法を伝授してよ。な、師匠」
ときたもんだ。
「しょうがないな。あがれよ」