Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―
第壹話「バベルの塔」THE TOWER
見渡す限りの埋立て地に、砲台と戦車が整列している。かつて「御台場(おだいば)」と呼ばれた東京湾要塞には、美保関大宰少弐天満(みほのせき だざいのしょうに てんま)を指揮官とする、大森軍管区第三中隊が駐屯していた。小惑星衝突後の内戦を乗り越えた日本帝国は、東京自由都市同盟を中心として、新政府「日本連邦」への統一準備を進めていた。但し、東京湾では中央防波堤などの国境線を巡(めぐ)って、同盟内部での領土紛争が発生しており、平和島の同盟軍司令部は、美保関らに哨戒任務を命じたのである。
﨔木 長門守 夜慧
「みっほみっほみ~www」
美保関 大宰少弐 天満
「あ゛ぁ゛っ!?」
﨔木夜慧「…俺が悪かった、何でもするので赦して文殊」
第三中隊のエリートとして知られる美保関天満は、先の戦争で活躍した英雄の一人である。御台場の決戦においては、自らが初号機を操縦する「ポタージュ スープ中隊」を率いて出撃し、智謀を以て敵軍を全滅させ、「戦場の文殊菩薩」と呼ばれた。また、その戦績を讃(たた)えられ、若くして「大宰少弐」という官名称号を授けられた。
そして、当時この軍神と死闘を繰り広げ、今は戦友として無二の親友に成ったのが、彼女の隣に居る﨔木長門守夜慧(けやき ながとのかみ やえ)である。数年前、瀬戸内海を血に染めた泥沼戦争で故郷を焼かれ、炎上する中國地方から間一髪で脱出した。その後、名前を変え、本心を偽りながら放浪を続け、復讐の機会を窺(うかが)っていたが、果たして迎えた御台場決戦において、怨敵である美保関天満との再戦の末に和解し、彼女と共に戦う事を決意して、現在に至っている。
美保関天満「…で、何があったの?」
﨔木夜慧「長距離ミサイル、飛んで来(き)M@STER!」
美保関天満「どうしてもっと早く報告しないのよ! 大勢の人命に関わる事でしょ!」
﨔木夜慧「あ、ミサイルって死ぬんだ。ちょっと怪我するくらいだと思ってたw」
美保関天満「あんた馬鹿ぁ? 至急、迎撃システムを展開して! 民間人の退避も!」
﨔木夜慧「はいはい、軌道計算…あ、解析が間に合わないって。これじゃ、迎撃も無理だな。詰んだw」
美保関天満「はぁ…仕方ないわね。あたしが自分で撃ち墜として来るから、ロックキー解除して!」
﨔木夜慧「ちょっと美保、正気? いくらお前でも、今から一人でミサイルを堕天(おと)すなんて、無茶だ!」
美保関天満「…確かに、答えは見付からないかも知れない」
﨔木夜慧「は?」
美保関天満「でもね、諦めない限り、道は心に照らされるはずよ。それがこの世界だって事を、かつてあたしに教えてくれた文豪が居た。そして、それを命懸けで証明してくれた戦友も居る…そう、あたしの眼前にね!」
﨔木夜慧「天満…」
美保関天満「大森軍管区第三中隊ポタージュ初号機、離陸準備完了。美保関大宰少弐天満、出撃します!」@F/A-22A
昨日まで、いや…数刻前まで平和の象徴だった青空に、歴戦の英雄が再び飛び立って行く。迫り来る飛翔体、迎え撃つ飛行機雲。﨔木夜慧はただ、それを見届ける事しかできない。だが、次に為すべき事は、既に心の焔(ほむら)を灯していた。
﨔木夜慧「…もう二度と、奪わせない。決して、失わない。俺が俺自身である限り…未来も、運命も、何もかも…! さてと、俺も出撃だな」@Su-47
メシア歴2018年2月13日、火曜日。日本列島の上空において、巨大な電磁波が観測されたのは、その直後の瞬間である。それは光であり、次いで爆発音であった。そして…。
作品名:Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変― 作家名:スライダーの会