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聖夜の伝染

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 保護色というのを誰もが聞いたことがあるだろう。自分を外敵から守るために、絶対的に不利な相手とは戦っても勝てるわけがない。食べられてそれで終わりになるだろう。しかし、色や形を背景と同化させることで、相手に自分の存在を悟らせないようにできる。だがそれも相手が同じ人間であれば、悟らせないようにするのは容易なことではない。相手もこちらのことを分かろうと必死になって見つめてくるからだ。素性も分からないような相手と真剣に付き合って行こうなどと思えるはずがないからだ。その時だけでいい場合と、これから先も付き合って行こうと思っている相手との気持ちを比較すれば、おのずと答えも見つかるというものだ。
 鬱状態の時ほど、実はしっかり見えているものがある。昼間は霧が掛かったかのようになっているが、夜になると、霧も綺麗に晴れ上がって見え、信号機の青のシグナルが緑ではなく赤、そして赤のシグナルは真っ赤ではないが、昼間の真っ赤に比べて紅色が濃く感じられる。
――そんな時こそ、見えていなかったものが見えてくるのかも知れない――
 鬱状態もそう考えれば、決して最悪ということではない。新しい世界を自分に見せてくれているようにも思うし、何よりも現実を真剣に直視させられてるように思えてならないのだ。
 角度によって見え方が違う場合、躁鬱症であるのは、本人の見え方であって、逆に角度によって見え方が違う場合、二重人格に見えるのは、まわりの目の見え方である。躁鬱症や二重人格が伝染する場合、相手の中にもう一人の自分が見えたりするが、それも、伝染に寄る影響があるからなのかも知れない。
 そんな話を以前誰かから聞かされた気がしてたのをなかなか思い出せなかったが、思い出して見ると納得のいく相手だった。
 恵美が今回、一気に三人と出会ったが、皆それぞれ独立しているようで、性格や感情は似たものがあった。だからこそ、一緒にいる相手の中にもう一人の自分を見ることになったのかも知れない。
 恵美にその話をしてくれたのは、中学生の時に、当時小学生だった由紀だった。
 恵美は、まさか小学生がそんな難しい話をするわけもないということと、由紀と出会ったのがその時だけだったことで、自分の中で、
――まるで夢を見ているようだ――
 として片づけていた。
 今回、三人の男女と出会うことで由紀のことを思い出したのだが、その時に自分が由紀の中にもう一人の自分を見ていたのと同様に、恵美の中にもう一人の自分と、それ以外に他の人を見ているのではないかと思った。
 美佐枝がいたこともあっただろう。由紀が興味を示す相手は、皆どこか精神的に特徴を持っていたりする。二重人格であったり、躁鬱症であったり、そして、由紀は自分の中に確実に美佐枝の存在を感じていたのではないかと思った。
 今さら分かるはずのことではない。あれはやはりクリスマスの夜、一番意識していたはずなのに、伝染に耐えることができなかった由紀は、その思いを墓の中まで持っていってしまったのだ。
 その時彼女の指には赤いルビーが光っていたことを感じていたのは、恵美だけだったに違いない。由紀は相手がどんな男性であっても見捨てることはできない。細やかな幸せは彼女の指の先に光っている色を、褪せさせるには忍びない。美佐枝の悲しそうな顔がなぜか目に浮かばない。由紀の断末魔の顔を思い浮かべてしまうと、美佐枝が恵美の中から消えてしまう。美佐枝と由紀は、それだけ一体化していたのだろうか。どちらかが表に出ている時は、片方は隠れているというそんな関係が二人には似合っていた、
 だが、由紀がこの世から消えてしまった以上、比較する相手がなくなってしまった美佐枝は、今後、日の当たる場所に出ることはなく、ひっそりと生きていくのではないかと思われ、やるせない気持ちになった。
 由紀と美佐枝の間にあるものは、伝染ではない。光と影の存在が、二人で一つを形作っていたのだ。だが、お互いの性格を損なうことがないように、片方しか表に出ることはなかった。
 クリスマスに出会った四人もそんな関係なのかも知れない。
――今日、表に出ているのは誰なんだろう?
 恵美が、そう感じた時、すでに気持ちの伝染は始まっていた。それは、真っ白い雪がちらつき始めたクリスマスの夜のことだったのだ……。

                 (  完  )



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作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次