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聖夜の伝染

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 集中していると、時間の感覚があっという間に感じるのは、集中の始まりが曖昧だからではないかと感じる。集中し始めた時間を意識しているにも関わらず、その時の心境は曖昧なのだ。時計で時間を確認することで集中が始まるという意識があるからではないだろうか。
 季節が冬から春に移るにつれて、理沙は時間の早さを感じるようになっていた。漠然とした毎日を感じるようになったからで、身が軽くなったことも一つの理由であろうか。
 だが、理沙が一番好きな季節は冬であった。せわしない年末を過ぎると、一気に正月を迎えるが、正月だからと言って、引きこもってしまう風習が嫌だった。
 子供の頃から活発な性格だった理沙は、師走が近づくと、妙にウキウキしていた。師走の慌ただしさの中で、
――年末の慌ただしさが終われば、楽しい正月がやってくる――
 と思うからだ。
 確かにお年玉がもらえたりして、楽しいこともあるが、普段と違った特別な日だという理屈が嫌だった。友達と遊ぼうと思っても、
「お正月なんだから、遠慮しなさい」
 と、親から叱られていた。
――他の友達の家は誰もそんなこと言わないのに、どうしてうちだけ?
 と、言いたい言葉をグッと飲み込み、我慢していたが、それでも年末の慌ただしさは嫌いではなかった。
 一人暮らしを始めたのは、短大に入ってからのことだったが、
「短大に入学したら一人暮らしをしたい」
 と言い出した時、絶対に反対されると思ったのに、反対らしい反対もないまま一人暮らしが始められた。
 理沙が中学を卒業するくらいまで厳しかった両親も、今ではすっかり理沙のいうことに反対することはなくなった。もっとも親の逆らうことを最初からしなかった理沙である。子供の頃に親から言われていたのは、
――逆らうようなことがないように――
 という伏線のようなものだったのかも知れない。そう思うと、親に対して抱いていた近寄りがたい感覚が次第に瓦解していくのを感じた。
 今年のクリスマスも、彼と一緒に過ごせると思っていた理沙だったが、その思いに少し疑問を感じてきたのは、師走の声が聞こえ始めた時期だった。
 ちょうど気持ちがウキウキしてくる時期だったので、昨年の自分を思い出していた。昨年の理沙は、ちょうど仕事にも慣れて、楽しい予感を感じ始めた頃だった。そんな昨年と比べて、今年はときめきのようなものを感じない。それがなぜなのかを一生懸命に考えた。彼との時間が楽しくないわけではないが、ドキドキする感覚がない。その時初めて理沙は平凡で漠然とした毎日が、自分に対してマイナスに作用していることに気が付いたのだ。
――去年とは違う――
 その思いが、心の中に若干の変化をもたらしていることに気付き始めていた。それは予感めいたものであり、確証はなかったが、昔から予感めいたものを感じると、実際に起こってしまってからショックを受けないようにと、最初から覚悟をしてしまうように考えてしまうことが多かった。
 それが理沙の考え方の基本でもあった。
 予感をいい方に考えるか、悪い方に考えるかと言われると、悪い方に考えてしまうことの方が多い。こうなると、予感というよりも「虫の知らせ」という方が当たっているかも知れないと思うと、クリスマスが近づいてくることを手放しに喜べなくなっていた。
 それでも、クリスマスのために、彼はホテルのレストランを予約してくれた。気持ちは嬉しかったが、どちらかというと彼らしくない。性格的に行き当たりばったりのところがある彼だったので、前もって予約など、どうした風の吹き回しなのだろうと思わないわけでもなかった。
 実際、彼の様子を見てみると、最近マンネリ化にウンザリしているのではないかと思うところがあった。理沙も彼との間でマンネリ化を否定できないところがあると思っていたのだ。理沙の場合はマンネリ化を感じると、何とかマンネリ化を打破しようと考える方だが、淡白な彼はどう思っているのか、見えてこなかった。少なくとも打破しようと努力をするタイプでないことは確かだったのだ。
 理沙は、短大の頃にも大きな失恋をした経験があった。面と向かって、
「君とはもう付き合えない」
 と言われた。
「どうしてなの?」
 と聞くと、相手は言葉に詰まることなく、
「君が鬱陶しいんだ。押しつけがましい性格が俺には我慢できない」
 と、相当鬱憤が溜まっていたのか、躊躇いもなく、罵倒されたのを今でもはっきりと思い出すことができる。
 押しつけがましいなど、当然意識の中にはなかった。ただ、付き合っている以上、何でも半分分けという考えがあった。それが当然だと思っていたのは、考えたくはなかったが、厳しかった親の影響が大きかったのだ。古風な考えの両親は、母親がどうしても父親に対して気を遣っていて、それが当たり前だという考えが家の中に充満していた。親に対して反発心しか漲っていない理沙にとって、何でも半分分けは、自分の中での男女の付き合いの基本となっていたのである。
 自分の中で、両極端な部分があることにその時初めて気が付いた。その時の男性とは、結局別れることになったが、ショックだったのは、別れることになったということよりも、罵声を受けた内容だった。
――どこまで親の影響を受ければ気が済むんだ――
 という気持ちが強くあり、また考えを改めてしまえば、今度は親の考えに近くなる。それだけは嫌だった。
 極端な考え方を柔軟に変えてしまうことは、口で言うのは簡単だが、それほど楽なことではない。しばらく彼氏はできないだろうと覚悟したものだった。
 就職してから特に仕事に慣れるまで時間が掛かるのは分かっていたので、彼氏がほしいとも思わなかった。仕事に慣れてくると、気持ちに余裕ができてきたことが、彼氏ができた一番の理由であろう。
――気持ちに余裕が生まれると、自然と男性が近づいてくるものなのかしら?
 案ずるより産むが易しという言葉もあるが、下手に求める気持ちが強いとmまわりから敬遠されてしまうだろう。
 季節がクリスマスというイベントを感じることで、気持ちがウキウキするように、一年という節目は、季節を一周させたことを強く感じさせ、区切りがさらなる先を見越すことができることに繋がるという意識を強く持っていた。
 ホテルのレストランを予約してくれたのは嬉しいが、どうしても悪い方に考える癖がついている理沙には、彼の覚悟のようなものを感じることができた。それは、ホテルのレストランを予約することで、自ら逃げ道を封鎖しようという意識があるのではないかと思うことだった。それは、彼の最初から意図した意識ではないかも知れない。結果的に自分を追い込む形になることを意図して最初から考える人はいないだろうからである。元々行き当たりばったりな性格である彼にとって、彼女ができたによって自分に足枷を付けるということは、何かに悩んでいる気持ちがあるからではないだろうか。
 特に残暑の頃くらいから、彼の様子がよそよそしくなっていた。今年の残暑はしつこく、理沙もウンザリしていた。ただ、それは理沙だけが感じていることではなく、彼はもちろんのこと、見るからにまわり全員が感じていることだった。
作品名:聖夜の伝染 作家名:森本晃次