英雄譚の傍らで
8.三十年目:顛末
アルクスが草原の男と会見をした日の夕刻ごろのこと。
城下町から程近い草原で、人命を損ねる可能性の高い危険な魔法が唱えられたことは、すぐさま王城の魔導師たちによって感知された。しかし、影響範囲が町にまで及んではいないこと、人はおろか、動物すら被害を被っていないこと、唱えられた魔法から察するに詠唱者はもうすでにこの世にいないこと、アルクスが翌日自ら現場へ行く旨を表明したこと、これらを理由に、調査は明日の朝まで延期されることとなった。
翌朝、アルクスは三十年前ドラゴンと戦った運命の地を再び訪れ、そこでかつての仲間を弔った壮麗な墓標と、その墓標の前に横たわったもう一人の仲間の屍骸を発見した。
「……」
アルクスは、しばらく無言でその光景を見つめていたが、やがて墓標の前に跪き丁寧に十字を切って祈りを捧げた。そして、墓標の前に倒れていた屍骸を、自らの手で抱き上げて部下の者に告げる。
「この男も、墓標に丁重に葬ってやってくれ。それと街の者には、彼は魔法ではなく事故で亡くなった、とだけ伝えてくれ」
アルクスはそれだけ言うと、どこか腑に落ちない顔で踵を返し王城へと戻る。その際、一言だけぽつりと誰に言うともなしにこぼした。
「嘘、みたいだな」
それを目ざとく聞きつけた側近の一人が、すかさず相槌を打つ。
「まったくです。アルクス様の登用をこのような形で蹴るなんて、どうかしてますな」
言い終えて側近はにやりと笑う。我ながら良いお追従だ。だが、アルクスは若干不機嫌な顔になって、その側近に言い返した。
「そんなことはどうでもいい。あの日、冒険に旅立った日。酒場で意気投合したのが、まるで嘘のように、私たちは分かりあえなくなっていたんだな、ということだ」
側近は、これ以上触れないほうが良さそうな空気を感じて黙りこくる。
「ここまで来る途中で、私はきっと『何か』を失ってしまったんだろう……」
アルクスはそれからしばらくの間、沈みがちに政務を執っていた。