英雄譚の傍らで
終.英雄譚の傍らで
そして、気が遠くなるほどの月日が流れた。
「もー、いいかーい」
「まーだだよー」
「もー、いいかーい」
「もー、いーよー」
「……」
「ステラちゃん、みーつけたっ」
「あーあ、また見つかっちゃった」
「だって、ステラちゃん。いっつもその石に隠れるんだもん」
「うん。だってね。ここには、私とおんなじ名前の女の子が眠ってるって聞いたから」
「ふーん。そうなんだ」
「そう! でね、その女の子は偉いんだ。自分を犠牲にして、勇者様を守ったんだよ!」
この国には、長い年月をかけて作られてきた叙事詩が存在する。かつて、自らの剣によって悪魔族の大魔王を打ち倒し、その後王として政でも国を栄えさせた英雄、アルクスの一代記である。
吟遊詩人によって悠久の時を超えて歌われ続け、民衆に末永く愛され続ける壮大なこの叙事詩。これは、アルクスとその従者であるラザール、タルドの三人の活躍によって大魔王を打ち倒すまでの前編と、後年王となったアルクスが、様々な妨害や政敵と渡り合いつつ、国を栄えさせていく後編の二編が主な物語となっている。しかし、これらの物語よりもはるかに人気があり、最も詩人たちによって唄われているのが、叙事詩の最序盤、ステラと呼ばれる駆け出しの女魔法使いが自らの命を犠牲にして勇者の危機を救う場面なのだ。
美しい女魔法使いステラが勇者アルクスをかばい、勇者の無事とこの国の平和とを願いつつ、ドラゴンの吐いた劫火を自らの華奢な体で受け止め散華する。このシーンを聴いて涙を流さぬ者はいないという。それどころか、吟遊詩人としての腕は、この場面をどれだけ情感を込め、人々の涙を誘うように歌い上げることができるかで決まるといっても過言ではないそうだ。
だが、その英雄譚の傍らで誰よりも過去を見つめ続け、真実を塗り替えてステラの名を永遠に神話に刻んだ男の名を知る者は、誰もいない。
━fin━