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英雄譚の傍らで

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6.三十年目:再会



 久々に訪れる王城は、三十年前遠目に眺めたそれよりもはるかに豪壮華麗になっていました。私は三十年間着続けているずたぼろの僧衣が少々気恥ずかしくなりましたが、無理に自身の心を奮い起こし王城の門を潜ります。
 王城前の広場には、見知った顔がいくつも並んでいました。草原で一緒に遊んでいた子供たちとその親御さんや、草原で憩いの時を過ごし心安く話しかけてきてくれた家族連れたちが、『あの草原のおじさん、実はアルクス様と仲良しで、王城に呼ばれたんだって』と噂を聞きつけ、駆けつけてきたようでした。
 理由はどうであれ、今の不安な状況で彼らの顔を見られるのは心強いです。しかし、私がしようとしていることを彼らが知ったら、どう思うでしょう。勇者であり次代の王である英雄を殺した男として、未来永劫歴史に裁かれ続けるであろうこの私を。
 守衛の許可が下り、跳ね橋を渡って門を潜り抜け、城へと入ります。係りの者に付き従い、華美な回廊を抜け、待合室でしばし待つよう指示を受けました。
 ふと見ると、広場にいた子供たちや家族連れが私の後をついてきていました。入場の許しは得たのかと問うと、『アルクス様のご厚意で、今日はアルクス様とあなたの面会が見たい者は誰でも入場してよい、というお触れが出ている』ということのようでした。私は、その返事に納得し、待合室に入ったのです。
 洞穴での生活に慣れきっていた私にとって、待合室での時間は居心地の悪いものでした。やがて待ちくたびれた頃、ようやく係りの者が現れ広間に入る扉への道案内をしてくれます。私は扉の前に立ち深く深呼吸をします。……この扉の奥に奴がいる。私は、三十年来顔を合わせもしないのに私の神経を掻き乱してきた仇敵との再会に体が火照るのを感じつつ、扉を開きました。
 正面のひときわ豪華な椅子に座っている男は、かつて共に冒険していた勇者とは思えぬほど形容が変わっていました。最も目立つのは、左の目元から頬にかけての、恐らく冒険中モンスターにつけられたのであろうひきつり傷でした。頭髪も、禿頭とまでは行かないけれど、かつて共に冒険していたときよりもかなり額が広くなり、その広がった前頭部はシャンデリアの光を浴びててらてらと光り輝いています。体つきも、贅を尽くしたのか、冒険を終えたゆえの運動不足か、その両方かはわからぬけれども、かつてそのスピードが自慢であった勇者とは思えないほどでっぷりと肥え太っていました。
「久しいな、会いたかった」
訪問を歓迎する科白とは裏腹に、アルクスは席を立とうともしませんでした。普通ならば、ここで訪問者は偉大なる勇者であり政治家であるこの男に、頭の一つでも下げる所なのでしょう。しかし私はそんなことはしたくもありませんでした。これから起こそうとする行動のためには、従順を気取った方が良いとわかっていても、絶対にこの男に頭を下げたいとは思わなかったのです。
 アルクスは、その程度の無礼は想定の内だったようで、意に介さず話を始めました。
「率直に話をしよう。近々私は次代の王になることが決まった。そこで、その暁にはそなたに側近として私を助ける職務に就いてほしいのだ。ここだけの話、ラザールは酒と女で身を持ち崩して使いもんにならぬし、タルドは隠居生活が楽しいようで山里から降りてこないのでな……」
この言葉に、後ろの子供や家族たちがどよめきました。
「草原のおじさん、ほんとはすごい人だったんだねー」
「おじさん、偉くなっちゃったらもう草原で遊んでくれなくなっちゃうのかなー」
そんな声が飛び交う中、私はまたもや、心中に怒りが湧き起こっていました。私にはステラを弔い、記憶に残すという使命があるのです。それは貴方も知っているはずなのに。それに、『ステラの事は、世界が平和になってから考えよう』といったのは他ならぬ貴方です。でも、今の口ぶりでは、まったくステラのことを考えているようには思えません。だいたい、これではラザールとタルドの二人の代わりで呼ばれただけではありませんか!
 そもそも、王の側近という職で人を釣ろうという魂胆が許せません。そのような職に就くよう要請するのなら、普通はもっと言葉を尽くして頼むべきではありませんか。
 三十年前から成長していません。この男には、人間の情緒というものが理解できないのです。いかに世界を平和に導いた勇者であろうと、いかにこの国を治める政治家であろうと、私はこの男とわかり合えないし、わかり合いたいとも思いません。
 怒りが頂点に達していました。計画していた行動を起こすのは今だと思いました。アルクスや護衛の者達が私の行動に気づいて剣を抜き、駆け寄って切り捨てるまでに早くとも十数秒かかるでしょう。落ち着いて呪文を唱えれば確実に間に合うはず。私は、慎重に呪文の詠唱を始め……ようとしたのです。

 その瞬間、ある疑念が頭に浮かびました。
「……私にとっての敵とは、いったい誰だ?」
その疑念に私は、魔法詠唱のために胸の前に持ってきた手を無意識に少し下ろします。
 私はアルクスを不倶戴天の敵と思いこの場にやってきました。それはいいでしょう。ですが、この場で職務に全うしている護衛兵や、今は心強い味方である子供たちや家族たちすら(人嫌いだった私は自衛のため彼らと仲良くなったのです) もしかしたら手にかけてしまう恐れがあるのではないでしょうか。
 それだけではありません。私の頭にもう一つ、疑念が浮かび上がります。
「魔法の影響範囲はどれくらいだろうか」
私はその疑念の回答を知らないことに気づき、仕切り直した詠唱をもう一度止めました。確かそんなこと魔導書には書かれていませんでした。おそらくこの大広間に届くことはほぼ確実でしょうが、ことによると王城や城下町をも吹っ飛ばしてしまう可能性があるのではないでしょうか。
 敵なのかそうでない者かの判定は、力を行使する神によって決められるので私にはわからない……。魔法の影響範囲も私の魔力依存か、私のレベル依存か、それとも関係なく一律なのか、それすらもあやふやでわからないのです。
 ……不確定要素が多すぎます。とてもこの場では唱えられません。この魔法を唱えてアルクスと刺し違えるのは良いとします。百歩譲って(本来譲るべきではありませんが)護衛兵たちを巻き込んでしまうのも致し方ないことでしょう。ですが、罪なき民を巻き込むことだけは、何があってもできません。
 私は絶望のあまりがくんと膝をついて、四つんばいの格好になっていました。結局、私は魔法を唱えられず、涙を流しながらうなだれて床を見つめ続けるのが関の山でした。

 次代の王アルクスは、それを身に余る光栄、と言う意味の少々大仰な肯定の返事と受け取ったのでしょう。心底愉快そうに大笑していました。


作品名:英雄譚の傍らで 作家名:六色塔