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英雄譚の傍らで

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2.三年目:懊悩



 ステラを失った日から三年が過ぎ去りました。外から洞穴へと差し込んでくる陽光に目を覚まし、洞穴の土壁にカレンダー代わりの印をつけ、それがちょうど三年の経過を示していることを理解した私は、いつものように洞穴を出てステラの墓前に赴き、いつもより丁寧に掃除をして神に祈りを捧げました。
 残された記憶の中にいるステラはいまだに鮮明です。行きつけの宿屋の庭先にあった花壇に如雨露で水をやる姿も、それが無事花開いた時に見せた満面の笑みも、もちろん格好良く魔法を詠唱している姿だって、いまだに目の前に居るかのように脳裏に描き出すことができました。
 ステラの墓石はまだ最初に据えつけた石のままです。ですが今、私は洞穴内でより大きい岩石を削り、よりきちんとした立派な墓石を作成しているところです。悲しい事に、聖職者であり石工ではなかった私のつたない腕では、その墓石の完成がいつになるかはわかりませんが。
 洞穴内の暮らしはそれほど悪くはありません。しかし、元来虫が苦手だった私は最初の頃、付近の土壁やときに自身の体を這い回るそれらに、怖気を震うことがありました。ですが、そんなことすら月日が経てば慣れてしまい、最近ではそれらの虫に慈しみをも感じるようになっています。洞穴内を照らす焚き火の炎を灯りに石を削っている最中、たくさんの脚を持つ異形の虫達が至る所を這い回ります。醜いという認識は以前と変わりません。ですが、彼らは心までは醜くないはずです。
 ステラや虫達への想いは募っていくばかりでしたが、それと反比例するように、私の提案を後回しにして冒険を優先した勇者への憎悪は凝り固まっていく一方でした。私はあの男の顔を思い出すたび、非力な腕を土壁に叩きつけ、暗い穴倉の中で呪詛を叫び、あの男を殴りつける場面を夢想してしまうのです。しかし、その後決まって、かつて共に冒険をしていた頃に行った模擬戦で、あの男に到底かなわなかったという現実を思い出し、勇者と聖職者の格闘能力の差を思い知らされて臍を噛むのでした。
 おそらく勇者は、今も冒険を続けているのでしょう。それを考えるたび、私は心の奥底で考えてはいけない禁断の考えが湧き上がるのを抑えきれないのです。
『あんな奴、いっそのことモンスターにこr……』
思わず呟いてしまいそうになるのを、いつもギリギリで食い止めるのです。ステラが辿ってしまった不幸を、勇者なら辿ってよいとする理はどこにもありません。彼とは道を違えはしましたが、世界の平和を願う気持ちは一緒のはずです。ただ、物事の順序が違うだけ。私は戦没者の弔いを優先し、彼は外敵の排除を優先した、ただそれだけの事なのです。ですが、そうだとしても、そこまで理性でわかっていても、私の勇者へのこの負の感情を抑える術はどこにもないのです。
 他人に、あまつさえ世界を救おうとしている勇者に、このような感情を抱いている時点で、私は聖職者として失格なのかもしれません。実際のところ、今はもう聖職者でもなんでもなく、ただの隠者、せいぜい良く言って墓守なのですが。

 勇者のことを考えるとき以外に、罪の意識に苛まれる時間が、私にはもう一つだけあります。それは、たいていの人が日に数回程度行っていること。そう、食事の時間です。
 実は、このだだっ広い草原で食べられる物を調達するのは非常に困難なのです。果実がなるような木もほとんどなく、虫は大量にいても動物は極めて少ない状況。がんばれば、虫は食べられないこともないのでしょうが、私は彼らに慈しみを感じてしまったこともあり、それ以上にやはり外見にどうしても抵抗があって、彼らを食べることは難しいのです。この草原にはモンスターも出ることは出ますが、主に生息しているのは毒ウサギと言うモンスターで、血といい内臓といい体内が猛毒まみれのモンスターゆえ、こちらも食用には適していないのです。
 そのため仕方なく、私は数日おきに草原の端にある川まで出かけ、その日1日狩りや釣りをして食料を調達することにしたのです。
 聖職者としての修行しか積んでこなかった私に、狩りや釣りが果たしてできるのかと最初は不安でした。しかし、それ自体できるようになるのにそれほど時間はかかりませんでした。この生活を始めて数日後には、木切れなどを集めて釣竿や弓矢、罠のようなものをどうにかこしらえることができるようになり、それらを用いてリスなどを射抜いたり、川魚なども釣り上げたりできるようになりました。
 しかし、技術の方は簡単に身につけることができても、心の方はそう簡単にはいかないものです。
『果たして、死者を弔っているだけの私が、生きている動物を殺す理由があるのだろうか』
生きるためには喰わなければならないのはもっともな道理です。ですが、死者を弔う立場の私が、生ある者たちを殺してまで生きてしまってよいのでしょうか。彼らの体を捌き、肉を喰らう瞬間、どうしても考えさせられてしまうのです。
 死者であるステラの墓を立てて弔い、彼女の存在を世間に知らしめるためでしょうか? 勇者の薄情さを指弾し、正義の味方という化けの皮を剥がすためでしょうか? それとも私にはまだ別の生きる意味があるとでも言うのでしょうか?
 それだけではありません。私は先にも述べたとおり、主に外見上の理由で昆虫を食べるということはしていません。近くに樹木がそれほどないという理由で、果実などもほとんど取ることはしていません。私のこのような気まぐれによる取捨選択によって、死んでしまう命と助かる命が決まってしまう。これは至極当然なことなのに、本当にこれでいいのだろうか、何か不公平ではないだろうか、これを理であると単純に納得してしまっていいのだろうかと考え込んでしまうのです。
 結局、これらの問いになんら真実を見出せぬまま、私は罪の意識をスパイスにして、腹を膨らませます。現金なもので、満腹になるとそんな問いはもうすっかり忘れています。それがまた、罪悪感という名のひっかき傷をつけていくのです。
 遙か東方の国のボウズという聖職者は、これらの問題に向かい合い、肉を喰らうことを固く禁じていると聞いたことがあります。そんな彼らにぜひとも詳しい話を伺いたい所ですが、ステラの墓を守るため、私はここから離れる事はできないのです。

 こうして、私は自らの心を傷つけ続け、月日はジリジリと過ぎ去っていくのです。


作品名:英雄譚の傍らで 作家名:六色塔