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英雄譚の傍らで

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3.十年目:告白



 洞穴の土壁に刻みつけた『年』の本数も十本目となりました。気が遠くなる程の昼夜と、ぼんやり思い出せる程度の春夏秋冬が、過ぎ去るたびにステラの記憶を少しずつ削り取っていくのを感じるようになりました。私はそれに少しでも抗うべく、五感に入る情報を極力遮断するように、ステラの墓参りと食料の調達以外は、洞穴にこもって墓石を削る生活に没頭するようになっていました。

 そんなさなか、冒険をしていた頃に顔見知りになった商人がこの地を訪ねてきました。
「アルクスさんがね、とうとう大魔王を倒したそうですよ」
かつてこの洞穴内で拾った折れ曲がった武具たち。それらを加工して作った『つち』と『のみ』で墓石を削る私に、商人は嬉々とした声で話します。
「……」
私は無言でした。もちろん世界が平和になるのは素晴らしいことです。でもそれを達成したのが、かつて共に冒険をした者であろうとそうでない者であろうと関係ないのです。どちらにしろ、私は目の前の仕事で忙しいのですから。
「で、近々城に戻ってくるんです。いやあ、これで商売にも精が出るってもんですよ」
手元と石しか見ていないので彼の表情はうかがえませんが、おそらく勇者の帰還によってかなり商いが潤うのでしょう、脂ぎったホクホク顔をしているのは手に取るようにわかりました。
「……」
そろそろお引き取り願いたかったのですが、情報を得るだけ得て「帰れ」と言うのも気が引けました。仕方なく、旧知の仲に免じて再び沈黙で応えます。
「……あなたも、過去ばかり見てないで、そろそろ前を見た方が良いんじゃないでしょうか」
商人は、やっと洞穴を出て行きました。過去に捉われて目先の利益も見えない阿呆を見下すような、嘲りのニュアンスで上記の言葉を吐きながら。

 『過去』とは、一体何を指すのでしょう。あの商人、いや大多数の人に言わせれば、それは十年前に死んだステラの事なのでしょう。ですが、ステラは十年前から今この瞬間もずっとこの世にいないのです。それは断じて『過去』ではなく、十年続いている『現在進行形』なのです。
 そもそも、なぜ人間は前や上を向くことを是とし、後ろや下を向くこと、立ち止まることを否とするのでしょう? 後ろや下を向いたり立ち止まったりしたら、前に進めないから? でも、その方向は本当に前なのですか? どうしても前に進まなければならないのですか? そもそも前とはなんなのですか?
 百歩譲って、前や上を向くことそれ自体はよしとしましょう。それは否定しません。ですが、さっきの商人のように、他人の力を借りて小銭を掠め取る行為がはたして前や上と言えるのでしょうか? かつて死んだ仲間を弔うことが後ろや下や立ち止まることでしかないと言うのでしょうか?
 こういった屁理屈のような反論は、いつも後から湯水のように沸いてきます。その度に私は頭の中で相手にこの反論を突き刺し続け、気がつくとへとへとになり膨大な時間が過ぎ去っているのです。
「駄目だ、作業に関わる。もう休もう」
そうひとりごちて石を削る手を止め、横になります。その時、ふいに別れ際の勇者の言葉を思い出しました。
『ステラの事はさ、平和になってから考えようや……』
大魔王を倒して平和になったということは、勇者もステラのことを少しは考えるようになるのでしょうか。正直顔なぞ見たくもありませんが、ステラの墓に手を合わせに来るのなら、少しは私の気分も晴れるのですが。

 つい先日、やっと平和になったこの地に、一人の木こりが迷い込んでくることがありました。私は、まだ悪魔族の残党がいるかもしれないことや、ステラの墓に触れて欲しくないことを理由に、穏便にお引取り願おうとしました。しかし、その木こりが立ち去る際吐き捨てた言葉に、私は引っ掛かりを覚えたのです。
「なんだ、エロ神官か」
私は、この『エロ神官』なる語が自身を示す言葉だと最初気付きませんでした。ですが、その日の夜、洞穴内で焚き火の炎を見つめている最中にやっと自分のことだと理解したのです。
 世間ではどうやら、私は女のために冒険を投げ打った色欲まみれの聖職者という認識のようです。恐らく、勇者は新しい仲間をあの酒場で加えたのでしょう。薄汚い奴らが集い、真偽の定かでない色々な情報が飛び交う酒場で、私は見事『エロ神官』の烙印を押されたというわけです。それに気付いた瞬間、私は自身を汚されたかのような羞恥と、言い知れぬ憤怒とを覚えました。が、それらは小石を投げた後の水面のように、瞬時に収まってしまいました。
 外野は言いたいことを言えばいい、私は私のしたいことをするだけです。自身のしていることが崇高だなんて思っていないし、理解してもらおうとも思いません。それに、私はもう聖職者ではないのですから。
 ですが、正直に告白すれば、私はステラの存命中から、すでに聖職者ではなかったのかもしれません。
 私がステラに、恋心を抱いていたかと問われれば、即座に首を横に振るでしょう。私は基本的に、彼女を一人の女性としてではなく、共に冒険をする仲間だと思って接してきましたし、あくまで自身が聖職者であるということも忘れはしませんでした。それは神にも誓えます。冒険が終わった後、ステラが誰かと幸せになる道を歩んだとしても、私は彼女を笑顔で祝福したでしょう。
 しかし、あの晩だけは何かが違っていました。
 その日、ステラは作戦通りに動けず、酒場で飲み慣れない酒を呷っていました。作戦が不首尾に終わっただけで、戦闘自体は特に問題なく勝利したのですが、どうもステラには納得がいかないようでした。そして、杯を呷り続け、したたかに酔った彼女は次第に大胆になり驚くべき行動に出たのです。酔いのため、体が火照っていたのでしょう。ステラはあのだぼだぼのローブをいきなり腰のあたりまでまくり上げたのです。
「えへへー。いつもダサいってばかにするけど、中はかわいいの着けてるんだよぉ」
 酔った勢いで能天気なことを口走るステラのローブを勇者が押さえつけ、私は慌ててステラから目を逸らします。しかし、男の性(さが)というものでしょうか。私はしっかりと彼女のかわいい『それ』を、目の端に収めていました。
 翌朝、二日酔いと昨日の失態とで顔を真っ青にしたステラが、私達に出会うやいなや『ごめんなさい。もうお酒は止めます。あと、昨日の事はどうか忘れて下さい』と土下座して謝り倒してきました。
 私も勇者もこの謝罪を受け入れ、以降この事は誰も話しませんでした。ですが、私は目の端に収めてしまった『それ』を時折思い出し、一人胸を高鳴らせていたのです。

 私には、きっと聖職者よりエロ神官のほうがお似合いなのでしょう。


作品名:英雄譚の傍らで 作家名:六色塔