【短編集】人魚の島
そのひと言を口にするのが精一杯だった。
沙綾はにっこりと微笑んだ。
彼女の微笑みは、わたしなんかよりよっぽど天使にふさわしい。
「沙綾が死んだら、お姉ちゃんが迎えに来てね。約束だよ……」
誰もいない横断歩道を渡って立ち止まり、背後を振り仰ぐ。
病院の建物のシルエットが夜闇のなかに黒くわだかまっている。沙綾の病室がどこなのか、この距離からではもうわからなかった。
満月に欠けた月が夜空の高みから照らしている。輪郭のはっきりしないわたし自身の影が路面に揺らめいていた。吹きつける乾いた風が少し肌寒い。
歩きだす。手足をすっきりと伸ばし、背筋をまっすぐにして。
わたしは死神だ。
天使になんか、なりたくてもなれない。
それでも、わたしの背中に翼が見える、と少女は言った。
その翼の色を、わたしは知らない。