【短編集】人魚の島
「みぃぃぃぃぃっつ! 醜い浮き世のドラゴンを、退治てくれよう、美少女ドラゴンスレイヤーのあ・た・し」
「…………」
「ククククク……。殺してやる。おまえを殺して呪いを解いてやる……」
「呪いだと? あのワロス伯爵と名乗っている若造のことを言ってるのか? フン、自業自得だ。なぜ呪われたのか、ヤツに訊いてみるといい。呪いを解いてほしければ……」
「おまえが死ねばいいのよ!」
「…………え?」
あたしは押し寄せる殺意を解き放った。
「くらえ! 必殺、スーパーウルトラスペシャルドラゴンクラーーーーーッシュ!」
あたしの全身からまばゆい真っ白な光があふれだす。光線をまともに浴びたドラゴンが眼を焼かれて悲鳴をあげ、苦痛に激しくのたうちまわる。
「成敗!」
白い光を帯びたまま、あたしはドラゴンに向かって突っこむ。ドラゴンブレイカーが猛り狂う。鋼鉄をも両断する刃がやすやすとドラゴンのウロコを切り裂き、毒々しい真っ赤な鮮血をすすった。ドラゴンが苦悶の絶叫をあげる。
そこから先の記憶はない。ドラゴンブレイカーを振りまわしてドラゴンの後ろ脚をぶったぎったところまでは憶えている。
魔剣の魔法に身をゆだね、心のない戦闘機械と化したあたしは、なにも考えることなく、なにも感じることなく、軽快なサイドステップでドラゴンを翻弄し、思う存分切り刻んだ。
ほどなく、地響きをたててドラゴンが地面に倒れた。
魔剣の魔法から解放されたあたしはハッとわれに返る。ドラゴンの血をたらふく吸って、刃が赤く変色したドラゴンブレイカーを鞘に納める。
ドラゴンはまだ息があった。視力を失った金色の眼であたしをにらみつける。
「愚かな人間め。われを殺したところで、ワロス伯爵は……」
ゴボッと大量の血を吐く。
「わが生涯に一片の悔いなし! ……ゲフッ」
その言葉の続きはなかった。最後にヒュッと息を吸いこみ、ドラゴンは息絶えた。
よっしゃあぁぁぁぁぁ! ドラゴンを倒した! これで伯爵夫人は確定!
あたしはくるりときびすを返すと、スキップをしてその場から立ち去った。
ワロス伯爵の居城に帰還すると、ハゲのオッサンが最高のドヤ顔であたしを待ち受けていた。
「ありがとうございます! 呪いは解け、ご主人さまは本来のお姿を取り戻しました。あなたさまにはなんとお礼を申し上げればよいのか……」
「お礼ならあとでたっぷりといただくから。伯爵には会える?」
「はい。謁見の間であなたさまをお待ちしております。ささ、どうぞこちらへ」
ハゲのオッサンの案内であたしは謁見の間に向かう。
どうしよう! 胸のドキドキが止まらないよ!
伯爵夫人、伯爵夫人、伯爵夫人──その二語だけが頭のなかに充満している。バラ色に包まれた未来の設計図を描くのに夢中になっていたせいで、一瞬、謁見の間を占める巨大な生き物がなんなのか判別できなかった。
あたしは硬直する。
肩までの高さが人間の背丈の倍はある、真っ赤なウロコを全身に生やしたそいつは──まごうことなくレッド・ドラゴンだった。
「…………はい?」
「おお、戻ってきましたか。僕ですよ。ワロス伯爵です。よくぞヤツを倒してくれました」
ドラゴンがイケメン伯爵の涼やかな声で愉快そうにのたまう。笑うと凶悪な牙が、耳まで裂けた口の隙間からのぞいた。
「ヤツが留守のあいだに洞窟から魔法の水晶球を盗んだところまではよかったんですが、いかんせん、僕のような若いドラゴンには使い方がよくわからなくて……。いろいろといじくっていたら、どうやらトラップに引っかかってしまったようです。防御魔法の呪いが発動して、人間の姿にされてしまいました。最悪でしたよ。あんな屈辱、二度と味わいたくありませんね」
「…………」
ドラゴンがフフンと鼻を鳴らす。
「さあ、僕からのお礼です。痛くないように、一口で食べてあげましょう」
そのとき、あたしは悟った。
どうしてワロス伯爵の肌が真っ赤だったのか。
どうして彼の寝ていた寝台があんなに大きかったのか。
──そういうことですか。
これまで感じたことのない圧倒的な殺意が胸の奥底からこみあげてきた。
ドラゴンブレイカーがいま一度、熱を帯びはじめる。
「ぬうおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ワロス伯爵の墓標と化したボロ城を、あたしは無言であとにした。
ドラゴン、死すべし。
それが、あたしのモットー。
玉の輿は、まだ当分実現できそうにもない。