【短編集】人魚の島
ドラゴン、死すべし
ドラゴン、死すべし。
それが、あたしのモットー。
ドラゴンは大嫌いだ。
ドラゴンスレイヤーなどというひじょうにリスキーな職業を生業(なりわい)にしているのは、ドラゴンなんか地上からいなくなってしまえばいいと本気で願っているからである。
あたしがドラゴンを嫌うのには、ちゃんとした理由がある。
あたしの初恋の相手をドラゴンが骨も残さず食べてしまったからだ。厳しい試練をいくつも乗り越え、晴れて「聖騎士」の称号を得たのに、初めての戦闘で彼はあっさりとドラゴンに敗れ去った。
彼、笑顔が爽やかなイケメンだったのに。はかない一生でした。合掌。
それ以来、あたしは男運に恵まれていない。金髪碧眼の美少女で、胸だって普通の女の子より大きいのに、なぜか言い寄ってくるのはブサメンの息が臭い男だけ。で、ついたふたつ名がブサメンキラー。殺虫剤か、あたしは。ふざけるな。
どこぞの金持ちか貴族のダンナをつかまえて玉の輿に乗るのを狙っているのだが、あたしの遠大な計画はいまだ成就していない。なにもかもドラゴンが悪いのだ。根拠はないけど、あたしはそう決めている。
あたしはこれまでに何十回となくドラゴンと戦ってきた。あたしの必殺の武器である魔剣ドラゴンブレイカーの錆びとなって果てたドラゴンは、ゆうに三十匹以上。狙った獲物は絶対に逃がさない。
そんなあたしの噂をどこかで聞きこんできたのだろう。ワロス伯爵という貴族の家来(頭のハゲたオッサン)が、遠路はるばるあたしのもとを訪れてきた。なんでもそのワロス伯爵はドラゴンに呪われ、たいそう苦しんでいるそうだ。
「お願いです。ドラゴンを退治してください」
満月のごとくよく光る頭を下げて、ハゲのオッサンは懇願した。
「ご主人さまにかけられた呪いを解くにはそれしか方法がないのです」
報酬は望みのまま、という好条件に惹かれ、あたしは依頼を快諾した。
ハゲのオッサンに連れられて行ってみると、ワロス伯爵の居城は崩壊寸前のボロ城だった。城壁はあちこちが崩れ落ち、堀の水は腐ってひどい悪臭を放っている。門番や召使がいる様子もなく、城内は閑散としている。どうやら家来はハゲのオッサンひとりのようだ。とてつもなくうさん臭い。ちゃんと報酬が支払えるんだろうか?
ワロス伯爵は呪いをかけられたショックでずっと床(とこ)に伏せっているらしく、ハゲのオッサンはあたしをカーテンでしめきった薄暗い寝室に案内した。こんな城に住んでいるぐらいだから、どうせヨボヨボのジイさんだろうと想像していたのだが──現実はまるで違った。
ひとひとりが眠るにはあまりにも大きすぎる寝台に横たわる若い男性──その姿を目にして、あたしは絶句する。
銀色のふさふさとした髪。夏空を切り取ったような澄んだ青い瞳。すっきりと整った甘いマスク。
なにこれ、イケメンすぎる! あたしのハートがキュンキュンしちゃう!
伯爵が呪われているのは、わざわざ説明されるまでもなく、ひと目でわかった。衣服からはみだした彼の肌はどこもかしこも真っ赤だったのだ。なんだか全身から出血しているみたいで、見ているだけで痛々しくなってくる。
伯爵が寝台のなかから弱々しくあたしを見上げた。
「……あなたが王国最強とうたわれるブサメンキラーのドラゴンスレイヤーですか?」
さらっとブサメンキラーいうなっ!
いわれのない侮辱をひとまずわきへ押しやり、あたしは伯爵のそばに近寄って片膝をついた。
「はい、あたしがそのイケメンキラーの美少女ドラゴンスレイヤーです!」
「ご覧のとおり、僕は呪われてこんな屈辱的な姿になってしまいました。お願いです。僕を助けてください」
「お任せください! 必ずやドラゴンを倒して、あなたをもとの姿に戻してさしあげます!」
あたしはここぞとばかりに、あまたのブサメンを葬り去ってきた、とっておきの微笑みを浮かべて、
「仕事の報酬なんですが、なんでもあたしの望みのものをいただけるそうですね?」
「はい。僕に用意できるものでしたら、なんでもさしあげます」
キターーーーーッ! このチャンスをあたしはずっと待っていた!
「あの……あなたはまだ独身ですか?」
あたしと伯爵との会話を傍聴していたハゲのオッサンが眉をつりあげる。なにか言いかけたハゲのオッサンを、伯爵はやんわりと手で制した。
「もしかして、僕と結婚することがあなたの望みですか?」
「はい。聞き届けていただけるのでしたら」
「わかりました。いいでしょう」
決断、早っ!
目を丸くするあたしに向かって、伯爵はうっすらと微笑んだ。
「財産なんてなにもない貧乏貴族ですが……こんな僕でよければ、あなたと結婚しましょう」
伯爵夫人。なんていい響き。
玉の輿に乗るチャンスである。しかも、相手はイケメンの若い貴族。
貧乏かもしれないが、愛があればきっと乗り越えられる。あたしはそう信じている。
一昼夜をかけて不毛の荒野を越え、発育不全の貧弱な草木しか生えていない岩山を登る。
伯爵に呪いをかけたドラゴンは、この岩山の中腹にある洞窟に棲んでいる。
待ってろ、ドラゴン。絶対に倒してみせる。
伯爵夫人に、あたしはなる。ドンッ!
垂直に切り立った断崖絶壁を登りつめ、硫黄の噴きだす狭い岩場を横切り、ようやく洞窟の前にたどりつく。
なにか重たいものを引きずるような音が洞窟のなかから聞こえてきた。ドラゴンは嗅覚が発達しているから、きっとあたしの臭いをかぎつけたのだろう。
ややあって、闇よりも濃い真っ黒な巨体が洞窟から姿を現す。
黒光りする硬質のウロコ、背中に生えたコウモリのような翼、逆三角形の頭部、ねじくれた二本の角、金色の巨大な眼球──こいつが元凶のブラック・ドラゴンだ。
これだけ図体が大きいヤツだと、三百年以上は生きているのに違いない。手強い相手だ。並みのドラゴンスレイヤーだったら、なすすべもなく殺されてしまうだろう。だけど、あたしは並みのドラゴンスレイヤーなんかじゃない。
ドラゴンを目にした瞬間、あたしの胸のうちに猛烈な殺意がわきあがってきた。心臓がドクンドクンと高鳴る。全身の筋肉がブルブルと震える。腰に下げた魔剣ドラゴンブレイカーが熱を帯びてきた。
魔剣にこめられた魔法があたしを激しく駆りたてる。ドラゴンを殺せと頭のなかで魔剣が声高に叫ぶ。
ドラゴンが金色の両眼であたしをにらむ。口を開けると、唾液に濡れた牙の列が不気味にギラリと光った。
「虫ケラめ、なにしに来た?」
侮蔑の口調を隠そうともせず、ドラゴンが問う。あたしは答えず、ドラゴンブレイカーをゆっくりと鞘から抜いた。それが絶大な魔力を秘めた武器だと察したらしく、ドラゴンの縦長の瞳孔がキュッと細まった。
「ぬう……その剣は?」
「ドラゴンブレイカーよ。ドラゴンを殺すためだけに鍛えられた、最強の魔剣……」
ドラゴンブレイカーを正眼に構えた。抑えがたい激情が体内を駆けめぐり、裂帛(れっぱく)の気合となってあたしの口から必殺のフレーズが飛びだす。
「ひとぉぉぉぉぉつ! 人の世、生き血をすすり!」
「……なに?」
「ふたぁぁぁぁぁつ! 不埒(ふらち)な悪行三昧!」
「……お、おう」