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【短編集】人魚の島

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 ライトは製造されてから初めて、仕事がない空白の状態に陥った。なにをすればいいのかわからず、ライトは見捨てられた小惑星の上で石のように固まってじっと立ちつくしていた。ライトといっしょに働いていたロボットのほとんどは動力切れとなり、そのうちまったく動かなくなった。ライトの内蔵電池もあと少しで寿命がつきる。人間であればそれを「死」と考えるのかもしれない。が、ロボットであるライトには喪失感や恐怖心を認識する機能がなかった。
 ライトは内蔵電池が切れる瞬間を待ち受けた。その瞬間が確実に近づいているのをライトは知っていた。

 あと半年もしないうちに内蔵電池が切れる、というときになって、宇宙空間から飛来した小型宇宙船が粗雑な造作の離着陸場に降りてくるのをライトは目撃した。小惑星の鉱山が閉山となってからここを訪れる宇宙船はすっかり途絶えていた。誰が来たのだろう、とは思わない。そんなことに露ほども関心はなかった。
 宇宙船から降りてきた宇宙服姿のふたりの人間は、放置してあるロボットの状態を調べてまわった。まだ使えそうだ、と判断したロボットは手当たりしだいに宇宙船へ積みこまれた。離着陸場から離れた場所にいたライトが彼らに拾われたのは僥倖(ぎょうこう)であった。たまたま宇宙服のヘルメットがライトの立っている方向に向かなかったら、そこにロボットがいることすら気づかなかっただろう。
 宇宙船はロボットを火星に運んだ。砂丘の谷間にある工場で男たちはロボットに最低限の修理を施した。ライトの切れかかった電池も、中古品だがまだたっぷりと残量のあるものに交換された。アームも、製造当初のものとは形状が違うけれど、人間の手に似せたパーツがとりつけられた。ボディのへこんだところはそのままになったが、傷だらけの外板は再塗装された。
 工場の経営者であるがっちりとした体格の男が、倉庫に並んだロボットを見回して相好を崩す。男はその場で演説をぶった。
 長い時間と膨大な労力をかけて地球化(テラ・フォーミング)を終えた火星は、開拓が始まったばかりのフロンティアであること。労働力が足らない現状ではたとえ旧式のロボットであっても引く手あまたであること。そして、地球から運んでくるよりは近くの小惑星に遺棄されたままのロボットを回収したほうが安上がりになること、などなど。
「きみたちにはもう一度働いてもらう」
 男は演説の最後をそうしめくくった。それから、柔和な笑みを浮かべて付け加えた。
「きみたちもそのほうが本望だと思う」
 そう、もしライトに望みがあるとしたら、それは自分を働かせてくれる場所の提供だった。人間だったらそれを「働きがい」とか「生きがい」と呼ぶのかもしれない。しかし、ロボットであるライトはその単語を知ってはいても、本当の意味で理解しているとはいえなかった。彼が漠然と感じていたのは、なにもしないままでいるよりもこのほうがよかった、ということだった。
 中古ロボットは火星の首都である火星市のバザールで売りに出された。さまざまな男や女がロボットを吟味し、額をつきあわせて値段交渉を行い、満足そうな表情で帰っていく。
 ライトはなかなか売れなかった。中古の家庭用ロボットは何台も売りに出されていたが、ライトと同じくらい古い型のものはほとんどなかった。少しでも新型のものから売れていく。売れ残ったライトは値下げの札がはられ、さらに予備の電池と部品もおまけにつけられた。
 バザールの最終日になって、ようやくライトにも買い手がついた。ライトを買ったのはオリンポス山のふもとで農場を経営する年老いた夫婦だった。老婦人は足が不自由で、火星の低重力の環境でも立って歩くのがままならない。農場主の老人は妻の介護と農作業の人手としてライトを買い求めたのだった。
 農場に着いたその日からライトはせっせと働きだした。老婦人の代わりに家事をこなし、老人といっしょになって農場の作物の世話をする。水が貴重な火星の環境では遺伝子を組み替えた乾燥に強い野菜や果物が栽培されている。水はほとんど与えなくても育つが、その代わり肥料を大量に消費する。かなりの重量がある肥料の袋を抱えて農場と住宅とを一日に何度も往復するのは酷な重労働だったから、老人が自分の代わりとなる農場の働き手を探す気持ちになったのも当然であった。それに、農場で働くにはトラクターやハーベスターのような農業機械を操作できないといけない。ライトは重労働にも耐えるし、農業機械の操作も難なくこなした。
「本当はわしらの息子にここで働いてもらいたかったんだが……」
 老人は日焼けした浅黒い顔をしかめてライトに愚痴をこぼす。その愚痴をライトはすでに何回も聞かされていたが、それを指摘して老人の気分を害するようなマネはしなかった。
「あいつは火星にいるのがイヤだとぬかして地球へ行っちまった! まったく、親不孝な息子だよ」
 それに対してなんとコメントしたらいいものか、ライトの時代遅れの思考回路では判断がつかなかった。だから、ライトはいつも黙っていた。老人もライトの返事を期待していないようだ。
「いつもありがとう」
 老婦人が繰り返す言葉は決まってその二語だった。これにはライトも容易に返答できた。
「これがワタシの仕事ですから、マスター」
 老婦人はにっこりと微笑んで、ライトの金属製のボディを指先でそっとさする。その行為が愛情表現であることをライトは知っていた。その昔、ハルもそうやってライトに語りかけていたのだ。
 もし、老夫婦が名前を尋ねていたら、ロボットは「ライト」と答えていただろう。だが、老夫婦は中古で買ったロボットに名前があるとは想像もしていなかったので、老人は「おまえ」と呼びかけ、老婦人は「あなた」と彼のことを呼んだ。ライトはそれでもかまわなかった。結局のところ、ライトという名前はどこかに登録された正式なものではないし、名前がなくても不便はまったく感じなかったのである。
 農場での生活は停滞した時間のうちにゆったりと過ぎていった。
 それはなんと豊かな日々であったことだろう!
 火星の仮借ない砂嵐が運んでくる砂は、防塵シールドで家を囲んでも完璧に防ぐことはできなかった。砂嵐が通過したあとは家具に指を触れるとザラザラとした感触が残る。火星専用の集塵機で家のなかの砂を吸いこむ作業はライトの日課となった。
 空中に浮遊塵が多い火星の夕焼けは地球上のどこで見るよりも真っ赤で、濃淡の異なるいくつもの色を散りばめた、壮大な天空のショーだった。ライトは老人といっしょによくオリンポス山の山頂を縁取る火星の夕焼けをながめた。老人は火星の夕焼けをこの上なく愛していたのである。
 老夫婦はライトを酷使しなかった。また、ライト以外のロボットを購入しようとしなかったので、いつまで経っても農場での働き手はライトだけだった。毎日、ライトはトラクターを動かして火星の乾いた土を耕し、肥料を運んで畑にまき、老人とふたりで収穫した作物を火星市まで売りに行った。
 そんな安穏とした日々に終わりなどないように思えてきたころ、突如として老夫婦とロボットの共同生活に終止符が打たれた。
作品名:【短編集】人魚の島 作家名:那由他