小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

【短編集】人魚の島

INDEX|46ページ/82ページ|

次のページ前のページ
 

 ライトがハルの家に来てから二十年もの歳月が流れた。
 ピカピカだったロボットの外板の塗装もあちこちがはげ、すっかり老朽化したライトは、メーカーの保証期間が切れるのをきっかけとして、ついに廃棄処分となった。
 回収業者のトラックに押しこまれて、ライトは二十年を過ごしたハルの家を出ていった。
 ライトを見送る者はいなかった。成人して職を得たハルは何年も前に独立していた。ハルがいなくなっても、寂しいと思ったことはなかった。量産品の家庭用ロボットでしかないライトに、そんな人間的な感情は不要だった。だから、寂しいという言葉の意味も実感できなかった。
 ほかの多くのR型家庭用ロボットの末路がそうであったように、そのままスクラップとなるはずだった運命をライトがからくも免れたのは、回収したときの値段よりも高く買ってくれる業者が現れたからである。
 小惑星の鉱山で働くロボットを買い集めていた業者が、大量の廃品ロボットといっしょにライトを買い取った。家庭用ロボットだから採鉱現場での労働には向いていなかったが、電子頭脳を宇宙線から保護する特殊な外板をボディにはりつけ、アームを採掘用のそれに交換することで問題はいとも簡単に解決された。
「たっぷり働いてくれよ!」
 と、鉱山の所有者であるでっぷりと太った男がライトの背中をどやしつける。いまは彼がライトのマスターだ。
「そのためにおまえを買ったんだからな」
「はい、マスター」
 ほかのロボットとそっくり同じ応答をライトは口にした。男はこのロボットに「ライト」という固有の名前があることを知らなかったし、ライトもそれをわざわざ知らせるつもりはなかった。彼の名前はここでは無意味な符号でしかないのだ。彼をその名前で呼ぶのは世界中でハルしかいないのだから。
 ライトは空気も光もない小惑星の鉱山で働いた。ここには空気がなかったから、会話能力はまったく必要ない。目の前にある、蛇がのたくったような鉱脈にアームの先端のドリルを突き立て、ひたすら岩盤を掘り崩していく──そんな単調な作業の繰り返しだ。家事をこなすよりもよっぽど簡単だった。
 ライトはここでも仕事に没頭した。働くのはライトが存在する理由そのものであり、それを少しでもいとう気持ちが、ロボットの貧弱な思考回路のなかに生成することは構造的にありえなかった。
 宇宙空間と変わらない環境下での労働が原因で、故障するロボットが頻出した。ライトも何度か故障した。幸いにして、ゼネラル・ロボット社の家庭用ロボットは民生品の量産タイプだから交換部品はまだ豊富に在庫があった。何回か部品を取り換えて、ライトは働き続けた。そうして、ハルの家にいたときよりも長い時間を、殺伐とした小惑星の上で過ごした。
 最初、ロボットを一手に管理していたのは、骨と皮ばかりに痩せこけた青年で、彼は小惑星の内部をくり抜いてつくられた開発基地に常駐しているただひとりの人間だった。ここでの青年の仕事は単純そのもので、たったの二種類しかなかった。壊れたロボットを回収して修理するか、ときたまやってくる鉱石運搬船に掘りだした鉱石を積むか──そのどちらかである。二種類の仕事のうち、ロボットたちを相手にしている時間の方が圧倒的に長かったのは言うまでもない。
「ぼくには夢があるんだよ」
 ライトのアームの先端についている摩滅したドリルを慣れた手つきで交換しながら、青年は陽気な口調で話しかける。
「いつか宇宙船に乗って遠くの星まで行くんだ。宇宙船乗り(スペース・マン)になるには難しいテストに合格しなければならないけど、受かる自信はある」
 ライトがなにもしゃべらないので青年は不満げな顔つきになり、さらに言葉を続けた。
「どうしてぼくはこんなところにいると思う?」
「わかりません」
 ライトはしごく当然の返答をする。
 青年は交換したドリルが正常に動作することを確認すると、歯を見せて笑った。
「ここからだと星がよく見えるからに決まってるじゃないか! 地球にいたんじゃ星なんてろくすっぽ見えないからね!」
 星々の世界を夢見た青年はその後、念願の宇宙船乗り(スペース・マン)となって小惑星を去っていった。青年と入れ替わりに派遣されてきたのは、かつて宇宙船乗り(スペース・マン)だった中年の男で、右腕と右足を遭難事故で失っていた。
「どうしておれはこんなところにいると思う?」
 体内の臓器の半分が人工器官に置き換わっていたその男は、強化皮膚によろわれた仮面のような面相をしかめつつ、ライトのカメラのレンズにこびりついた汚れをぞんざいな手つきでこそげ落としていく。そう遠くない過去にこれとまったく同じ質問を受けたときのことを思い起こし、ライトは少し考えてから、やはりそのときと同じ返事をする。
「わかりません」
 男が浮かべた笑みは、自嘲と皮肉が半分ずつブレンドされていた。
「簡単なことだ。ここ以外におれが生きていける場所はないからさ!」
 孤独でいることをなによりも楽しんだ男は、その前任者である青年よりも長い時間を小惑星の上で過ごした。男の経年劣化した人工臓器にメンテナンス不足の不調が現れはじめたころ、彼と同じ宇宙船に乗り組んでいたという女からのメッセージが突然、虚空の彼方から舞いこんできた。
「……あいつ、死にかけてるらしい。あのときの事故の後遺症のようだ」
 メッセージを受け取った男は決断をためらった。足の先についている車輪が破損して移動に難渋していたライトは、修理のために開発基地内部の工作室へ引き取られていたが、男はいっかな作業を始める様子がない。男はうなり、頭を抱え、作業台の上に並んだ工具を意味もなくいじくった。やおらおもてをあげ、いまになってライトがいたことに気づいたのか、驚いたように目をパチクリさせた。
「その……おれはどうしたらいいと思う?」
 もちろん、その問いかけに対するライトの返答は決まっていた。
「わかりません」
 男は一瞬、きょとんとしたあと、いきなり笑いだした。腹を抱え、口を大きく開けて笑う。ようやく笑いの発作が収まると、男の作り物めいた顔にはこれまでになかったような表情が浮かんでいた。
「決めたよ。おれの居場所はどうやらここだけじゃなかったようだな……」
 次に寄港した鉱石運搬船で男は地球へ帰っていった。男の代わりにロボットを管理する人間はそれっきり送りこまれてこなかった。それでも、ロボットたちは毎日の決められた日課をせっせと消化した。ライトもその例外ではない。男が帰る直前に修理してくれた車輪はすこぶる調子がよかった。
 それはなんと過酷な日々であったことだろう!
 やがて鉱脈がつき、鉱山が閉山となる日がきた。採鉱現場で働いていたロボットは回収したところで再利用の計画もなく、よけいな運搬コストもかかるので、そのまま遺棄された。
作品名:【短編集】人魚の島 作家名:那由他