【短編集】人魚の島
突如としてすさまじい重力がおれを天井へと引きつけた。地球の標準重力じゃない。もっと強い。重力発生装置の出力限界である五G──地球の重力の五倍に匹敵する暴力的な力がおれの身体を引っ張った。
おれは両腕だけじゃなく、両足も使ってしゃにむに手すりにしがみついた。ものすごい音と苦痛のうめき声がおれの背後でしたが、振り返ることもできない。首を回したら骨が折れてしまいそうだ。
「ガマンしてください! 手を放してはダメです!」
アイの声がおれの耳朶(じだ)につきささる。返事をするのは困難だった。
天井に向かって圧倒的な重力が働いていたのは時間にして数秒間だったと思う。今度は床に向かって、骨が折れてしまいそうな重力が生じる。
マグがけたたましい音をたてておれの足元に転がってきた。なにかがつぶれるような音がまたしても背中の方で聞こえたが、そちらを気にしている余裕はなかった。
おれは肺に空気を吸いこもうと口を大きく開く。たったそれだけのことなのに肋骨がキリキリと痛んだ。血流が身体のなかで逆流しているのを感じる。腕と指の関節がきしむ音をおれははっきりと耳にした。頭がぼうっとして、視界がかすんでくる。
重力のシャッフルが続く。天井、床、天井、床……。数秒ごとにそのサイクルが繰り返され、そのたびに上下がひっくり返った。吐いてしまわなかったのは奇跡だと思う。ついでにいえば、暴れまわるマグがおれと衝突しなかったのも奇跡だ。