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【短編集】人魚の島

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 ようやく船内に正常な重力が戻り、おれは床にへたばった。荒い息をつく。冷たい汗が額に玉を結び、おれの目に流れこんできて視野をくもらせた。
 おれは全身の痛みを無視して上半身を起こした。海賊の姿を探す。
 海賊は見るも無惨な状態で、船長シートの下にうつ伏せに倒れていた。つかまるものもなく天井と床のあいだを五Gの重力で揺さぶられた結果、顔面は血まみれで、宇宙服の背中に背負った生命維持装置もあちこちがへこんでメチャクチャだ。頭蓋を覆う人工皮膚はぱっくりと裂けて、その下から白っぽい保護材が露出している。どこかにぶつけたらしく、顎だけではなく鼻の形も変形していた。近寄ると息はしているので死んではいないが、当面は意識を取り戻さないだろう。
 なんとも表現のしがたい、酩酊(めいてい)にも似た勝利感と、そのまま床に溶けて崩れてしまいそうな虚脱感が、おれの心のなかで奇妙な飽和状態を呈した。
 おれは海賊の腰のポケットをまさぐり、予備の拘束具を発見すると、それを使って海賊の手足をしばった。海賊の左手の甲にしこまれた拘束具のコントローラーはつぶれてなかの部品がはみだしていた。こいつを使ってヤツに仕返しできないのが実に残念だ。
「アイ?」
「はい、マスター。大丈夫ですか?」
 おれは自然と顔がほころぶ。あるべきものがそこにある、というなにものにも代えがたい安心感が、おれのささくれだった感情を落ち着かせてくれる。
 よかった。やっぱり、アイだ。彼女は消えてなんかいなかった!
 床にあぐらをかいて座り、首の痛みをこらえて、船内カメラがあるあたりの天井を見上げた。
「ケガしているし、身体のふしぶしが痛いけれど、とりあえず生きているよ」
「申し訳ありません。ああでもしないとあなたを助けられないと思いましたので……」
「いや、いいんだ。おかげで助かったよ。ありがとう。それにしても……おまえ、なんだか様子がヘンだな」
「わたしの擬似人格を定義していたパラメーターが消されてしまいました。いまのわたしは標準仕様の状態になっています」
 ああ、そういうことか。要するに、以前のきまじめで実直なころのアイに戻った、というわけだな。いつもの調子なら、「わたしは不幸です」を連発しているところだ。
「海賊のジャッカーはどうなったんだ?」
「わたしが撃退しました」
「おまえが?」
 おれがびっくりしてみせると、アイの声に得意げな調子が加わった。
「わたしはあなたが思っているほど無力ではありません」
「でも、ジャッカーに乗っ取られたのは本当だろ?」
「確かに、ジャッカーの攻撃力はわたしの予想を超えていました。対抗できないと判断したわたしは避難場所に逃げこんだのです」
「避難場所?」
「救命艇のコンピューターです。処理速度も遅いし、ちょっと窮屈でしたが、わたしの本体を移植するだけの余地は残っていました。わたしはそこに隠れて、ジャッカーを撃退するためのアンチ・ジャッカーを生成したのです。いかんせん、処理速度が遅いので思いのほか時間がかかってしまいましたが」
「おれはてっきり、おまえがやられたんだと思っていたよ」
「海賊もジャッカーも、そう思いこんでいたようですね。ジャッカーが救命艇のコンピューターとのリンクを切ったままでしたら、あるいはそうなっていたかもしれません。こちらから接続するとジャッカーにブロックされる危険がありましたので、あちらから接続してくるのを待っていたのです」
 そうか、あのときだ。海賊が、救命艇に食糧と水がどのくらい残っているのか、データを取ってこい、とジャッカーに命令したとき。ジャッカーが救命艇のコンピューターにリンクした瞬間、アイが反撃を開始したんだ。おれも海賊も、アイとジャッカーが食うか食われるかの闘いを目に見えないところで繰り広げていたなんて、まるで気づかなかった。
 じゃあ、あのあとで海賊の質問に答えていたのはアイだったんだな。バレないようにジャッカーの声色を使っていたのか。ああいう形で入れ替わるなんて、人間にはできない芸当だ。
「あなたが殺されるんじゃないかと思うと気が気でなりませんでした。わたしに使える武器があればよかったんですが……残念ながら、この探査船は船内での武器の使用を想定していない設計になっています」
「で、船内重力をメチャクチャにして海賊を半殺しにしたのか。正直、死ぬかと思ったよ」
「申し訳ありません。消火剤が毒性の強い物質だったら、ことはもっと簡単だったのですが……」
 おれは苦笑を洩らす。思っていたよりは絶体絶命のピンチじゃなかった、ということか。おれはそうとも知らず、生き延びようとして必死だったわけだ。まあ、海賊を撃退できたんだから、結果オーライということにしておこう。
 立ちあがり、両手をはたく。まだ意識を失ったまま床に転がっている海賊を見下ろす。
 さて、こいつをどうしたものだろう……。
 おれの内心を察したらしく、アイがアドバイスをくれた。
「船倉に危険な生物のサンプルを収容するための密閉容器があります。あれに放りこんでおいたらどうでしょうか?」
「そいつはいい。こいつも危険な生物には違いないからな」
 おれはアイの提案に賛成する。密閉容器のなかで目覚めたら、ヤツがどんな顔をするのか、これはちょっとした見ものだ。


作品名:【短編集】人魚の島 作家名:那由他