【短編集】人魚の島
記憶喪失
私は誰でしょう、と玄関に立つ見知らぬ男が俺に向かって言った。
男の額からは血が流れていた。どこかに頭をぶつけてケガしたらしい。
「知らねえよ。あんた、誰?」
俺が答えると、男は渋い表情になった。
「気がついたら、この家の前にいたんです。私のことを知りませんか?」
「知らねえったら。警察にでも行って調べてもらえよ」
「警察にはどう行けばいいんです?」
「いちいち俺に訊くな!」
俺は男を突き飛ばした。男は尻餅をつく。そのとたん、男はハッとした顔になった。
「思いだした! 私はこの家に住んでいて……あなたが突然、訪ねてきて……いまみたいに私を突き飛ばして……私は転んで頭を打って、記憶が……」
俺も思いだした。ついさっきの出来事を。そして、なにもかも思いだせないことを思いだした。
俺は呆然としている男に向かって言った。
「俺は誰だ? あんた、俺のことを知らねえか? 気がついたら、この家の前にいたんだ……」