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【短編集】人魚の島

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遺産


 やっとのことで急な斜面の岩場を登りつめた。
 地面から突きだした黒っぽい露頭に腰をおろし、乱れた息を整える。
 俺がいまいるのは十歩ほどの幅しかない狭い岩棚だ。眼前には灰緑色の垂直の壁が、雲を突き抜けて高くそびえている。
 しばらく歩きまわって、絶壁にぽっかりと口を開けている洞窟を発見した。入口の近くに、四角い石を積みあげてつくった、ひとの胸ぐらいの高さの柱が立っている。
 近寄ってみると、柱の表面に古代文字が刻まれているのを見つけた。長(なが)の年月に摩滅して、文字はところどころ判読できなくなっていたが、なにが書かれているのかはだいたいわかる。
 まちがいない。ここが目的の場所であることを強く確信する。
 洞窟のなかをのぞきこむ。なかはねっとりした濃い闇がよどんでいて、奥の方は見通せない。
 しょっていた背嚢(はいのう)から角灯(ランタン)を取りだし、灯心に火をつける。深呼吸を何度か繰り返し、たかぶる気持ちを落ち着かせると、角灯を掲げて洞窟に足を踏み入れる。
 洞窟の内部の空気は湿っぽく、足元の地面は濡れてすべりやすい。突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に驚いたコウモリの群れが、天井の近くでうるさく飛びまわっている。窪みにたまったコウモリの糞をうっかり踏んづけた。たちまち、鼻の奥がツンとする強烈な悪臭が立ちのぼってきて、咳が止まらなくなる。
 息苦しさを覚えながらもコウモリのすみかを通りすぎ、さらに奥へと進む。前方にぼうっとした白い光が見えてきた。
 期待に胸をふくらませて、足を速める。ひとひとりがやっと通れる幅しかない道を曲がると、四囲の壁に圧迫されていた視界が突然、大きく広がった。
 そこは、家が一軒丸ごと入りそうな、天井の高い広間だった。広間を照らす淡白な光は、奥の壁にうずたかく積まれた四角い箱から洩れでている。
 俺は思わず歓喜の声をあげる。
 あれこそが探し求めていた古代王朝の秘宝に違いない! 言い伝えは真実だったんだ!
 息せききって宝物の山に駆け寄る。広間を半分ほど横切ったとき──
「誰だ?」
 低く誰何(すいか)する声が俺の胸を押した。立ち止まり、声の主を探して四方に視線を配る。
 俺と宝物とのちょうど真ん中に、錆びた鉄の色をしたドラゴンが忽然(こつぜん)と出現した。巨大な金色の眼球を縦に割る真っ黒な瞳が俺をにらみつけている。呼気とともに灼熱の炎のかたまりが吐きだされた。頬に熱を感じて、俺はあわてて飛びのく。
「薄汚い人間め! ここにあるものは正当な古代王朝の継承者でなければ手を触れることはまかりならぬ。命のあるうちに立ち去るがよい」
 ドラゴンが大きく口を開ける。鋭い牙の列が唾液に濡れてぬめぬめと光っている。
「ま、待ってくれ。俺は古代王朝の王族の末裔だ!」
 逃げだしたい衝動を必死にこらえて、俺は叫んだ。
「盗賊なんかじゃない!」
「ならば証拠を見せるがよい」
「証拠ならある」
 腰帯につりさげた短刀をドラゴンによく見えるよう、高く頭上に掲げる。金と宝石で装飾されたその短刀の柄には、太陽を図案化した古代王朝の王家の紋章が象眼されている。
 ドラゴンは目を細めて短刀をつぶさにながめた。
「ぬう、その刀は……」
「建国王の守り刀──わが家系に代々、伝えられてきた家宝だ。俺は古代文字の解読に成功し、わが一族に伝わる古文書からこの場所を知った。先祖の残してくれたこの遺産があれば古代王朝の再興も夢ではない──そう思ったんだ」
 ドラゴンはじっと俺を見つめた。俺の主張を信じるべきか否か、判断しかねている様子だったが、短刀はまぎれもなく偉大な古代王朝の遺物だし、彫りの深い俺の面相をよくよく観察すれば、かつて地上に大帝国を築いた古代人の特徴をわずかなりとも見出すはずだ。
 ややあって、ドラゴンは重々しい口調で告げた。
「よかろう。おまえを古代王朝の継承者として認めよう。ここにある財物は好きなようにするがよい」
 俺はホッと安堵の息を洩らした。
「わかってくれたようだな。わが一族の秘宝を守ってくれたことには感謝する」
「それがおまえの先祖と交わした約束だったからな。おまえも約束を守ってもらうぞ」
 俺は眉をひそめた。
「なんだ、その約束というのは?」
「なに、簡単なことだ」
 ドラゴンは満足げにゴロゴロと喉を鳴らした。
「約束どおり、いままで宝物を守ってきた代価を支払ってもらおうか。フム、ここにある宝物だけでは金額が足りないかもしれないな……」

作品名:【短編集】人魚の島 作家名:那由他