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【短編集】人魚の島

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「……お、お待たせしました。あなたの寿命と引き換えに、あなたの望みをかなえてあげましょう。あなたの望みはなんですか?」
「われらの望みか? 知れたことよ。貴女をわれらが教団の女神に据え、この世界を征服するのだ!」
「世界を征服するって……そんな大それた望みをかなえる力、あたしにはないですよ? 上司と相談してもいいですか?」
「黙らっしゃい! 貴女はおとなしくわれらの女神となればいいのだ!」
 老人が一喝する。あたしはヒッと肩をすくめた。恐い。田中課長と同じぐらい、恐い。
「……イ、イヤです! お断りします!」
「フッ。貴女もこれを見れば気を変えるだろうて。ユキちゃん、例のヤツを」
「はい、教主さま」
 老人の声に応じて一歩前に進みでたのは、若く美しい女性。ユキちゃんと呼ばれたその女性は、背後に控えていたふたりの男に目で合図する。男たちは特大サイズの麻袋を抱えていた。麻袋をあたしの眼前に置き、袋の口を開ける。
 乱暴に揺すられて袋のなかから転がりでてきたのは、両手を後ろに縛られ、さるぐつわをかまされた上半身裸の男だった。
 あたしは目を丸くする。
 男は、あたしの三人目のお客さま──六十年も若返った、あの元爺さんだ。
 元爺さんがあたしに気づく。どう見ても絶体絶命な状況なのに、元爺さんは両目をへの字にして笑っている。あたしに会えてうれしいのか、きれいに割れた腹筋がムキムキと隆起した。
「その男は生け贄よ」
 ユキちゃん──元爺さんが追い求めていたナースが、白い頬に凄惨な笑みを浮かべた。
「……生け贄?」
「そうよ、悪魔のお嬢さん。いまからこの男の心臓を血の祭壇に捧げるわ。あなたはその心臓を食べるの。ゾクゾクするわね! わたしたちはようやく正真正銘の女神を得るのよ!」
 元爺さんが激しく身悶える。全身の筋肉が蛇みたいにうねった。これから殺されるっていうのに、晴れやかな笑顔でとっても幸せそう。うれし涙まで浮かべている。
 口がふさがれていても、目を見れば元爺さんの言いたいことはわかった。
 ──食べて。食べて。ボクを食べて!
 底なしのドSで変態の元爺さんが、あたしにそう訴えている。
 カチンときた。
 こいつのおかげであたしは上司にどやしつけられ、始末書を書かされるはめになったのだ。それなのに、こいつはあたしの苦労も知らないで、ひとり楽しんでいる。
「ククククク……。どうやら気に入ってもらえたようだな。われらの悲願である女神誕生は目前じゃ。ユキちゃん、儀式の準備を」
「はい、教主さま」
 あたしが気に入ったって? あたしがこんなカルト教団の女神だって?
 ふ・ざ・け・る・な。
 あたしのなかでなにかがプッツンと切れた。とめどもない怒りがこみあげてくる。
 立ちあがる。ゆっくりと。
「……絶対、許せない」
「なんだと?」
「汚物は消毒だーーーーーっ!」

 リミッターが外れたあたしの怒りは魔方陣の呪縛をあっさりと打ち破った。
 その場にいた人間をひとり残らず徹底的に消毒したが、田中課長はなぜか怒らなかった。
 ただ、悲しそうな顔をして、「忘れるんだ」と優しく慰めてくれた。
 しばらくして、あたしは経理部に異動になったけど、もうどうでもよくなっていた。
 あたしは悪魔をやめようと思っている。
 転職するなら、貧乏神がいいかもしれない。

作品名:【短編集】人魚の島 作家名:那由他