【短編集】人魚の島
「そのあいだ、学校には来られません。でも、僕は絶対に帰ってきますから。これでも進学をあきらめたわけじゃないんですよ。先生にランギニアのことを打ち明けたのは、僕が突然いなくなっても探さないでほしい、と思ったからです」
私はため息をついた。それを悪い意味に解釈したらしい田村が、血相を変えて椅子から腰を浮かす。
「信じてませんね! 僕がホラを吹いてると思ってるんでしょ?」
落ち着け、信じてるから、と手を振って、田村を座らせようとする。田村はますます逆上した。
「わかりました。証拠をお見せします。これを見れば先生も信じてくれるはずです!」
緑色の宝石をにぎって、なにやら怪しげな呪文を唱える。田村の姿がまぶしい光に包まれた。光が薄れると、そこにはいかにも戦士然とした装備をまとった田村が立っていた。額に輝くサークレット。傷だらけの、汗の臭いがしみついた無骨な鎧。背中にしょった銀色の大剣。
腰にこぶしをあてて、田村が私を悠然と見下ろす。ニヤリとした。
呆然と田村をながめる。声すら出ない私を尻目に、田村は背中の剣を慎重に抜くと正眼に構え、サッと突きを繰りだした。
「くらえ! ダブルサンダーミラクルアターーーーーック!」
田村が叫ぶ。きっと恥ずかしいのだろう、剣を持つ腕がプルプルと震えている。
「……ま、魔王を倒した僕の必殺技です。ネーミングがいまひとつですが、効果は絶大です」
剣を収め、ヘンな笑い声をたてる。半分、ヤケクソになっているのかもしれない。
「さあ、これでも僕の言うことを信じられませんか?」
もう一度、ため息をつく。仕方ない。私の最大の秘密を明かすしかなさそうだ。
おもむろに立ちあがり、首から下げたロケットのふたを開いて、なかから水色の宝石を取りだす。宝石をにぎって呪文をつぶやく。私の身体が強烈な白い光に包まれる。田村がうめき声を洩らして、腕で目をかばう。
光が消えると、私の変身は完了していた。
魔法少女まじかるミーナの姿に。
唖然とするのは、今度は田村の方だった。目を丸くして私の全身を凝視する。
ピンクを基調にした可憐なコスチューム。太腿を惜しみなくさらしたミニスカートに胸の谷間がのぞく大胆なネックライン。手には魔王を懲らしめる魔法のステッキ。大丈夫。三十路になっても、子持ちになっても、充分魔法少女で通用する。女は十八歳になったらそれ以上歳をとらないのだ。
いまから十五年前、ランギニアで繰り広げた魔王との激闘を懐かしく思い起こす。またあの戦いの日々に戻るのかと思うと、年がいもなくワクワクした。
田村は固まったままだった。彼の肩をポンポンとたたき、笑いかける。
ふたりで戦えば、魔王なんかあっという間に片づけられる、と。
なんといっても、私は世界を救ったヒロインなのだから。