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【短編集】人魚の島

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前略


前略
 突然のお手紙、お許しください。
 僕はS県立桜ケ丘高校二年の田村瞬と申します。「おや?」と思われましたか? 決して冗談や冷やかしなんかではなく、それが僕の本名です。
 第1回リンリンノベル新人賞の大賞受賞作であり、あなたのデビュー作である「気がついたら世界を救うヒーローに俺はなっていた」を読ませていただきました。本屋でこの本を見かけてたまたま手にとったのですが、主人公の名前が僕とまったく同じ「田村瞬」だったので驚きました。
 もっと驚いたのは、この本の内容です。主人公の瞬は、ある日、学校の帰り道に偶然、人間と魔物が二百年ものあいだ戦い続けている異世界ランギニアへと迷いこみます。人間の国バスラ王国の王女であるフィリシアは、瞬を創世神が遣わした戦士と信じ、魔物と戦ってくれるよう頼みます。フィリシアの頼みを聞き入れた瞬は、女近衛隊長のターナや女魔術師のセレン、そのほかの仲間たちといっしょに、魔物に占領された〈暁の城〉の奪還を目指して──いえ、この本の作者であるあなたにストーリーを語っても詮ないことですね。失礼いたしました。
 この本のなかで、瞬は最終的に魔王を打ち破り、ランギニアに平和をもたらしました。ライトノベルの王道をいく、胸がすくようなハッピーエンドでしたね。これが普通の本であったなら、ラストの大団円に僕も感動し、「さすがに大賞を受賞した作品だなあ」と思っていたことでしょう。
 ですが、僕はこの本を読み終えて複雑な気持ちになりました。この手紙を出そうかどうしようか、とても迷いましたが、どうしても確かめておかなければならないと思い、意を決して筆をとった次第です。
 はっきりと言いましょう。この本はあなたが創作したフィクションではありません。ここに書かれているのは、僕──田村瞬が実際に経験した実話です。ランギニアという世界は実在しますし、フィリシア王女、ターナ、セレンも血肉を備えた実在の人物です。
 「なに言ってんの?」「頭がおかしいんじゃないの?」──きっとあなたはそう思うでしょう。もしかしたら、あなたは僕のことを中二病が悪化した、妄想癖のある高校生だと思われるかもしれません。
 それでも、僕は断固として主張します。僕は本当にランギニアに赴いて、フィリシア王女と出会い、すばらしい仲間たちとともに魔物の軍団と戦ったのだ、と。あれは夢や幻などではなく、僕たちのこの世界と同じぐらいしっかりと存在する世界での出来事だったのだ、と。僕の全身全霊をかけて、そう誓います。
 ただ、ラストはこの本と違いました。
 僕はランギニアを救えませんでした。現実は必ずしも小説のとおりに都合よく進行しません。僕はたまたまランギニアに迷いこんだ一介の高校生であり、魔法の武器が扱えることを除けば、特別な能力は皆無でした。そんな僕がどうして魔王に立ち向かえるというのでしょう?
 確かに、僕には伝説の魔剣である〈神の眼〉があったし、頼もしい仲間もサポートについてくれました。そのおかげで、城や町を占領していた魔物の軍団を壊滅させ、ついには魔王の棲む〈影の魔宮〉へと攻めこみました。けれども、僕の幸運はそこまででした。魔王は絶大な魔力を持つ、最強最悪の敵だったのです。
 魔王の前に僕の仲間たちは次々と倒れていきました。バスラ王国無双の剣士だったターナも、百年に一度の天才魔術師と評されたセレンも、魔王にあっけなく殺されました。本来なら、僕もその場で死んでいたでしょう。
 僕を救ってくれたのはフィリシア王女です。彼女が最後の力を振りしぼって僕をランギニアから元の世界へと送り返してくれたのです。僕は命拾いをしました。それがよかったのかどうかはわかりません。死にたくはない、だけど、こんなかたちで終わらせたくなかった──それが僕の正直な気持ちです。かけがいのない仲間を失った喪失感は、あれから一年近く経ったいまでも僕を苦しめています。
 僕が経験したことは誰にも話していません。信じてもらえないだろうと思ったからです。とうてい忘れることはできませんが、僕ひとりだけの胸にしまって、それこそ墓場まで持っていくつもりでした。
 それなのに、あなたの作品が世に出ました。この本を読んだときの僕の驚き、悲しみ、悔しさ、怒り──とても言葉では言い表せません。僕たちの命をかけた戦いを、まるでゲームみたいなノリで描写するあなたの姿勢に強い憤りを覚えました。なによりも許しがたく思ったのは、ラストがハッピーエンドに改変されていたことです。
 もう一度、言います。僕はランギニアを救えませんでした。ターナ、セレン、そのほかにも大勢の仲間が命を落としました。おそらく、フィリシア王女も生きていないでしょう。それが現実です。この本のようなハッピーエンドなんかではありませんでした。
 途中で投げだしたりせず、ここまで僕の文章をお読みいただいたのなら、ぜひとも僕の質問に答えてください。
 どうしてランギニアのことを知っているのですか?
 あなたがこの物語の着想を得たきっかけはなんですか?
 事実とは違うのに、なぜハッピーエンドで終わらせたのですか?
 そもそも、あなたは何者ですか?
 僕はあなたのことが知りたい。すべてを知りたいです。
 あなたのお返事をお待ちしております。
草々


前略
 あなたからの返事をもらいました。
 信じられない思いでいっぱいです。
 本当に──本当にあなたはフィリシア王女本人なのですか?
 僕の最後の反撃が魔王を滅ぼしたというのは本当ですか? ターナやセレンたちも〈神の眼〉の結界に守られていたおかげで無事だったというのは本当ですか? 誰も死ななかったんですね? よかった! ハッピーエンドはウソじゃなかったんだ!
 この世界へやってきたあなたが、なぜラノベを書いて新人賞に応募したのか、その理由も理解できました。僕の名前を使った本を出せば、きっとどこかでラノベ好きの僕がそれを目にするはずだと思ったそうですね。本を見た僕が必ずあなたに連絡してくるだろう、と。まさしく、あなたの読みどおりでした。
 あなたは僕の名前しか知りませんでした。僕がどこに住んでいるのか、どこの学校に通っているのか、あなたに教えたことはありませんでしたからね。本を出すなんて変わったやり方ですけど、これ以外に僕との連絡手段がなかったのは、あなたの言うとおりだと思います。
 それにしても、そこまでして僕のことを探しだしたかったんですか? 僕にお礼をしたいとあなたからの返事にはありましたが、僕はなんの変哲もない、普通の高校生です。あなたがいうようなヒーローなんかじゃありません。
 ランギニアにいたときだって、あの本に書かれているほどの活躍はしませんでした。僕のことを潤色しすぎですよ。それに、なんですか、「ダブルサンダーミラクルアタック!」なんて、ネーミングのセンスを疑うような主人公の必殺技は? 読んでいてすごく恥ずかしかったです。
作品名:【短編集】人魚の島 作家名:那由他