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【短編集】人魚の島

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「どうしたんだ、その姿は? どこから見ても……」
 俺は陰気に笑う。その笑い声さえもが耳に涼しい。
「どこから見ても女に見えるって?」
 自分の胸を見下ろす。女子の制服に包まれたふくよかな胸──俺のブラのカップサイズを知った花純が嫉妬していたっけ。
「おまえの目は正常だ。いまの俺は女だからな。いや、俺じゃなくて、あたしというべきかな?」
 栗山が黙りこむ。ヤツの視線の先が俺の顔から胸へとすべっていく。
 俺のふくらんだ胸を栗山がどう評価したのかは知らんが、吐き気を覚えなかったのは確かなようだ。なんとも薄気味の悪い笑みがヤツの頬に浮かんだ。
 俺は半分ヤケクソになっていた。本当は学校に来るつもりはなかったのだが、女となった俺の姿を目(ま)の当たりにした両親が半狂乱になったので、やむなく家を出てきたのである。どうしてこんなことになったのか、一連の顛末(てんまつ)は花純が話してくれたが、両親は納得していない様子だった。どうも俺にはもとから女装の趣味があったのではないかと勘ぐっているらしい。そんなふうに思われるのも屈辱だが、よりにもよって栗山からいやらしい目つきで見られるのは、それ以上の屈辱だった。
「お兄ちゃんじゃなくて、お姉ちゃんがいたらいいなって思ったから……」
 俺の体細胞から採取した遺伝子を改変し、Y染色体をX染色体に置き換えた理由を、花純はそう弁明した。それも、どことなく楽しそうな口調で。
 瞬間物質転送機から出てきた俺を見て、花純は明らかにうれしがっていた。
「お兄ちゃん、とっても美人だね!」
「ほめられても、ちっとも喜べないのはなぜだろうな?」
「……お姉ちゃんって呼んでもいい?」
「本気で怒るぞ?」
 俺を男に戻すには遺伝子の改変部分を再修正しなければならないそうだ。そんなに時間がかからないような気がするのだが、花純が見積もった期間は「最低でも一週間」だった。つまり、俺はあと一週間、女のままでいなければならない。
 しかも、だ。いまの俺は自分でもびっくりするぐらい、容姿端麗でメリハリのきいた身体つきの美少女になっている。アイドル級の美少女である花純の「姉」なんだから、女性化した俺が美少女なのは、ある意味当然かもしれない。もっとも、俺は、花純がひそかに遺伝子を改変した結果なのではないかと疑っている。花純ならそれぐらいやりかねない。
 それにしても……俺に集中するクラスの男子生徒の視線がうっとうしい。そのなかでも特にうっとうしいのは、目の前にいる栗山の、からみつくような視線だ。黒縁眼鏡の奥にある細い両眼が狂おしい光をたたえている。まるで獲物を発見した猟犬みたいだ。
「石塚!」
 舌打ちしたくなるのをこらえて、栗山に目を向ける。
「なんだよ? そんなに俺をジロジロ見るな」
「ぼくはいま、猛烈に感動してる! 頼む、ぼくと結婚して……」
 俺は問答無用で栗山を殴り倒した。

 説明が面倒くさいので、俺がこんな姿になったのは「妹の実験を手伝ってるからだ」とクラスのみんなや担任の教師には話しておいた。たったそれだけで全員が納得してしまうのだから、花純の評判はたいしたものである。
 花純は、常人にはとうてい理解できない天才だと思われているのだ。
 その思いこみはあながちまちがっていないし、途中経過はどうあれ、俺が女になったのは花純の宿題が発端であることも事実である。
 そして、ここが肝心なところなのだが──花純の宿題はまだ終わっていないのだ。
 美少女に変身しても、俺の頭の中身は残念ながら以前のままだった。英語の授業中、刻々と包囲網をせばめる睡魔の軍団の攻勢に耐えつつ、スクールバックのなかで待機しているお弁当のことをつらつらと考える。
 お弁当は花純が用意してくれたものだ。今回の騒動のお詫びの意味もあるのだが、これには別の目的もある。
「ナノマシンを改良してみたの!」
 と、お弁当を手渡すときに花純は明るい声で宣告した。
「このお弁当にはたっぷりと新型のナノマシンをまぶしておいたからね。もちろん、宿題に協力してくれるでしょ、お姉……」
 俺のひとにらみで、花純はあわてていい直す。
「……お兄ちゃん」
 遺伝子の改変部分を再修正する作業は一週間もかかるのに、ナノマシンの再開発がわずか一日で完了したのはどういうことなのか、とことん問いつめてやりたかったが、俺は黙ってお弁当を受け取った。
 いいだろう。
 宿題に協力すると決心したからには、最後まで付き合ってやろうじゃないか。
 花純をがっかりさせたくはないし、なんといっても、花純は俺のかわいい妹だからな。

作品名:【短編集】人魚の島 作家名:那由他