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【短編集】人魚の島

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「大丈夫だよ。脳波とリンクしてるから意識のあるときにしかナノマシンは活動しないの。それに、感情がたかぶったときに食べ物が出るようになってるんだよ。知ってた?」
「それはなんとなくわかった」
「いつもより体調もよかったでしょ? あたしのナノマシンは体内の老廃物を利用するだけじゃないの。活性酸素だって分解するし、病原菌や腸内の悪玉菌も退治してくれる、すぐれもんなんだから!」
「ああ、そのとおりだな」
「じゃあ、どうしてそんなに不満そうなの? あたしのナノマシンのどこがダメなのよ?」
 花純は腕を組んでアヒルみたいに口をとがらせる。せっかくつくったナノマシンにケチをつけられて不愉快な気分になるのはわからないでもないが、弱冠十五歳とはいえ、いっぱしの科学者であるならば、現実から目をそむけるわけにもいかないだろう。
 俺はひとつ深呼吸すると、花純が見逃している事実を淡々と述べた。
「おまえのナノマシンの欠点、その一。ナノマシンが合成できる食べ物は、宿主の人間が食べたものにかぎられる。つまり、食糧のリサイクルを完全なものにしようと思ったら、いつも同じ食べ物ばかりを食べることになるわけだ。朝昼晩三食とも同じメニューが毎日続いたら、おまえはどう思う?」
「それは……ちょっと飽きちゃうかも」
 しぶしぶといった様子で花純が認める。あいかわらず口はとがらせたままだ。
「おまえのナノマシンの欠点、その二。感情がたかぶったときに食べ物が出現するんだよな? それって結局、周囲の状況におかまいなしってことだぞ? 普段はいいかもしれないが、感情がたかぶってあたりまえの場面はそれだと困るだろ。映画館で映画を観て感動してる最中に突然、さっきまで食べてたポップコーンが頭の上に出現したら、おまえは楽しいのか?」
「た、楽しくはないけど……」
 花純のアヒル口がしぼんだ。立て続けにダメ出しをくらって、しょんぼりしている。なんだかいじめているみたいだが、ここで手加減するわけにはいかない。いったん宿題を手伝うと決めたからには、花純のためにも安易な妥協は決して許されないのである。
「おまえのナノマシンの欠点、その三」
「まだあるの?」
 花純は涙ぐんでいる。俺はチッチッチッと舌を鳴らして、顔の前に立てた指を振る。
「これが最大の欠点だ。いいか、よく聞けよ」
 自分の頭頂部を左手の掌(てのひら)でピシャピシャとたたく。スイカをたたいたときのような実にいい音がする。
「こんな頭では人前に出られない。さっきの警備員みたいに、笑いすぎて腹筋をおかしくする人間が続出するぞ」
「だから、色をピンクにすればもっとかわいらしくなる……」
「フランシスコ・ザビエルみたいだといったのはおまえだよな?」
「お兄ちゃん、フランシスコ・ザビエルさんのことが嫌いなの?」
「好き嫌いの問題じゃねえだろ。男はまだしも、女がこれをガマンできると思うか?」
「ウッ……確かにそれはイヤかも」
「そういうことだ。おまえのナノマシンはおおいに改良の余地あり、だな」
 花純はため息をつく。目尻にたまった涙を細い指でぬぐい、寂しげに微笑んだ。
「わかったよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんのいうとおりだと思う。まだまだだね、あたしって」
「わかってくれたか! じゃあ、さっそくこのナノマシンをなんとかしてくれよ」
「それは無理」
 あっさりと断言されたので、俺はとっさに二の句が継げなかった。いさぎよく敗北を受け入れた花純は、悟りを開いた修験者のようなすがすがしい顔つきをしている。俺の舌が正常に動くようになるまで、秒針がひと回りするのと同じだけの時間を費やした。
「……いま、なんていった?」
「ごめんね、お兄ちゃん。ナノマシンを除去する方法はないの」
 花純はにっこりと微笑む。天真爛漫で屈託のない、まさしく天使のような微笑。すごくかわいいのに、見ていると背筋が寒くなるのはどうしてなんだろうな?
「ないって……実験が失敗したときのことを考えてなかったのかよ?」
「だって、とってもすばらしい発明だと思ったんだもん。ナノマシンを除去する必要があるかもしれないなんて、普通はそこまで考えつかないよ?」
 ……勘弁してください。花純はやっぱり普通の女の子じゃない。
「ナノマシンを駆除するクスリみたいなものはできないのか? ナノマシンの開発者のおまえだったら、そういうものもつくれるだろ?」
「つくれるけど……アンチ・ナノマシンが完成するまでちょっと時間がかかるよ?」
「どのくらい?」
「うーん、三日ぐらいかな」
 俺はめまいを感じた。状況はかなり絶望的だ。
「……ほかに方法は?」
「そうねえ」
 花純は顎に指をあてて考えこむ。その目線が部屋のなかをさまよい、床に据え置かれた瞬間物質転送機に吸い寄せられる。
「あれを使えばなんとかなると思うな」
「あれ? 瞬間物質転送機のこと?」
「うん。フィルタリングをかけて、ナノマシンだけを転送しないように設定するの。フィルタリングのプログラムをつくるだけだから、この方法だったらそんなに時間はかからないよ」
 俺は目をすがめて瞬間物質転送機を凝視する。こいつの実験にたずさわったときの記憶がありありと脳裏によみがえってきた。あまりいい思い出じゃない。なにせ、もうちょっとで怪奇ハエ男になるところだったからな。
 だが、背に腹は代えられない。アンチ・ナノマシンが完成するまで三日も悠長に待つつもりはなかった。こいつは俺の、人間としての尊厳にもかかわる問題だ。
 男らしく決断しろ、俺!
「……わかった。それでいい。俺の体内からナノマシンを取り除いてくれ」
「任せてよ。あたし、仕事は早いんだから。すぐにお兄ちゃんをもとの身体に戻してあげるね!」
 花純は大きくうなずいて、またもや平板な胸をグッと反らした。一抹の不安を感じないでもないが、ここは花純を信じるしかないだろう。きっといい仕事をしてくれるはずだ。
 もっとも、俺の心にトラウマを残したタイムマシンの実験のときも、花純は同じようなセリフを口にしていたような気がするがな……。

 花純は鼻唄を口ずさみながら、スケルトン仕様の自作パソコンで手早くフィルタリングのプログラムを作成した。完成までにかかった時間はわずか五分。仕事、早っ!
「これで大丈夫だよ、お兄ちゃん」
 花純が唇の端をキュッとつりあげる。白衣の肩の上で揺れるツインテールの髪の房が、窓からこぼれ落ちてくる陽射しを浴びて小さな光の粒を散らす。いまいる場所が我が家のリビングルームであればなんとも心が癒される光景なのだが、室内に漂う名状しがたい異臭が、俺の置かれた状況をいやがおうにも思いださせる。
 花純は瞬間物質転送機に歩み寄ると、二台のうち窓側に置かれたカプセルの基部のパネルをちょこちょこと操作した。圧搾空気の抜ける鋭い音がして、カプセルのカバーが真ん中から左右に割れる。
「お兄ちゃん、このなかに寝て」
 花純が手招きする。俺はこぶしをにぎって深呼吸を二、三回、繰り返した。心臓がバクバクと高鳴っている。こんなにも緊張しているのに頭上にはなにも出現しないところからすると、どうやら体内のナノマシンはネタを切らしているようだ。
作品名:【短編集】人魚の島 作家名:那由他