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短編集42(過去作品)

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 家を出たかったもう一つの理由は、彼氏を作りたいと思ったことである。家にいてできないこともないのだろうが、母親を見ているだけで、どうしても積極的になれない自分がいるような気がしていた。もちろん錯覚なのだろうが、なるべくなら自分の中にあるわだかまりを解いたところで探してみたかったのだ。
 だが、一人で都会に出てきても同じだった。積極性のなさは持って生まれたものだという認識がある以上、自分から打開する術を知らない。
――積極性という性格は自分に限らず、皆持って生まれたものが強く影響しているんじゃないかしら――
 という思いが強くなっていた。
 結局せっかく都会に出てきても、その毎日は部屋と会社の往復がほとんどで、たまに誘われるコンパにしても人数合わせにしか過ぎないことにやっと最近気付いたくらいだ。
 元々鈍感なところのある綾香は、それを田舎で育ったからだと思っていた。半分は正解だろうが、それだけではないだろう。一つのことに集中すると他のことが目に入らなくなるところのある綾香は、社会人になってそのことを痛感し始めた。
――どちらかというと芸術家肌なのかも知れないわ――
 何を持って芸術家肌というかという明確な定義はない。だが、容易に自分の世界に入り込んで、その中での想像力に我ながら感心してしまうところは芸術家肌といってもいいと思っている。ここぞという時の集中力には自信があり、任された仕事を正確に素早くこなすことに対して上司や先輩社員の評価もそれなりだ。
――長所と他所は紙一重――
 と言われるがまさしくその通り、一つのことへの集中力が優れている弊害として、他のことにまったく神経が回らない。仕方がないとも言えるだろうが、それでは納得しない上司もいたりする。きっと綾香の会社の中での評価は、人によってかなり異なっているかも知れない。
 だが、そんな綾香を気にしている男がいることを噂で聞いた。相手は同期入社なのだが、相手は高校を卒業してすぐに入社したので、綾香よりは年下である。今まで年下といえば一つ下でもかなり年下に思えていたので、いきなり四つも年下の男の子のことを考えるとしても、ピンと来るものではない。
 ましてや相手はまだ未成年。綾香から見ればまだまだ子供、少々大人ぶってみても、背伸びをしているとしか写らない。
 彼の名前は田代和夫、工業高校に行っていたようで、適度に日焼けした身体は体格のよさを引き立たせ、いかにもスポーツマンタイプで精悍な感じを窺わせる。
 最初の頃は視線を無視していた。だが、ふと気を抜いた時に感じる視線のその先には必ず彼がいる。
 事務兼庶務までこなす綾香は、事務所では忙しく動き回る毎日だった。他の女性もいるにはいるが、それぞれに会計だったり営業だったりと仕事を持っていて、研修を兼ねながらいろいろな仕事を覚えている綾香が一番忙しそうに見えるかも知れない。
 一日があっという間に過ぎていった。特に午前中など何をしていたのか分からないほど忙しく、一つ一つを集中してこなさないと、綾香の性格からすればどれもが中途半端になってしまう。
 今の仕事の量からすればまだこなすことのできる量だ。片手間で仕事をしなければならなくなれば少し大変かも知れないが、今くらいの忙しさがある意味で充実していて楽しく仕事もできる。
「彼女、張り切っているね」
 と上司の受けのいいのも頷ける。
 だが、それも仕事中だけのこと、仕事を一歩離れると緊張の糸が切れてしまって、それが部屋と会社の往復という平凡な暮らしをさせる最大の要因になっているのかも知れない。
 ある日田代に食事に誘われたことがあったが、
「ごめんなさい。少し体調が悪いみたいなの」
 と断ってしまった。
 その言葉に嘘はなかった。実際に頭痛がしていたのは事実で、人と話を始めてもどこまでニコヤカに話ができるか自信がなかった。すぐに苦しそうな顔になって相手に不快感を与えそうで、それが嫌だったのだ。
 それから田代からの誘いはなかった。誘いたいという気持ちを込めた視線を感じることもあるが、いくら仕方がなかったとはいえ一旦断ってしまった綾香の方から誘うのもおかしなものだと思い、お互いに気まずい雰囲気がしばらく続いていた。
 綾香は部屋に帰ると密かな楽しみがあった。
 田舎の生活を忘れて新しい生活を始めるのだという意識もあってか、ほとんど都会に出てから揃えたものだった。電化製品にしても、部屋の装飾にしても飾りやアクセサリーにしてもそうだった。たった一つ、高校時代に買った砂時計を除いて……。
 綾香は、縁日のあの日に買ってきた砂時計があるおかげで、寂しさを感じることはなかった。それは田舎にいる時も同じで、友達と一緒にいなくとも、部屋に帰って砂時計を見ているだけで楽しい気分になれたのだ。
 最初に砂時計をひっくり返してみた時の驚き、あれは今でも思い出すことができる。だが、あの時の心境にもう一度なれるかと言われれば、まず無理だろう。それだけセンセーショナルで新鮮な気分だったが、後から想像しても同じ気分になることはなかった。新鮮だと感じるのは最初だからである。
 砂時計の魅力は暗い部屋で繰り広げられる光のコントラストだ。最初に見た濃い真っ赤な色が目に焼きついていたが、それ以上に砂時計をひっくり返した時、目の前で繰り広げられた信じられない光景に目が釘付けになってしまった。
 真ん中にある小さな通路から落ち込んでいく砂は確かに真っ赤なのに、下で溜まっていく砂の色は淡い青色である。まるで血の色のような赤でも暗闇の中で光って見えると思っていたが、今度は雲ひとつない空を思わせるような青である。海に向って見たならば、水平線がどこにあるのか分からないくらいの真っ青であるに違いない。
 やはり暗いせいか淡い色に見えている。
――待てよ――
 暗い色がバックにあるのなら、真っ青であるならば、さらに暗い色に見えてきそうだ。闇が包む青であれば、闇の方が断然強く感じられる。そこには淡く見せる何かがあるようだ。
 目が慣れてくるとそれが蛍光色であることに気付く。真っ赤や真っ青な蛍光色など想像もつかないので分からなかったが、明らかに砂時計のまわりの一部だけが光っている。後光が差しているかのようだ。
――ひょっとして色に対して新鮮に感じているのではなく、色を含んだ光に対して興味を抱いているんじゃないだろうか――
 と思うようになっていた。
 それにしても不思議な砂時計だ。
 仕掛けがあるのではと思い考えてみたが、考えられることは一つだった。
――表のガラスが色を持っていて、中の砂の色は違う色ではないだろうか――
 ということだった。
 確かにガラスを透かしてみると、まるで虹のようなスペクタクルが施されているようだが、それだけでは、ここまで鮮やかな色を示すわけがない。砂にも何か秘密があるのだろう。じっと見ていて分かるものではないが、
――いつしかこの謎を解いてみたい――
 と思うようになった。
 しかし、思いとは裏腹でそう簡単に謎が解けるものではなかった。
 これほど珍しく、縁日で少しだけ高かったとはいえ、秘密を持っていそうな砂時計が簡単に売られているというのも不思議だった。
作品名:短編集42(過去作品) 作家名:森本晃次