オーロラとサッチャー効果
「あくまでも理論的にというだけのことで、教授はそう言っていましたね。だからある程度までは分かっても、そこから先は決定的な結界のようなものがあり、飛び越えることもできないんですよ」
翔子は、別れた彼を思い出した。
彼は何かを悟ったような顔をしていた。ひょっとすると、サッチャー効果を悟ったのかも知れない。ただそれがどうして自殺に結びついたのか分からないが、そういえば、彼が翔子とぎこちなくなってから、占いに嵌ったというウワサを聞いたような気がする。
翔子が彼を避けた理由の一つに、占いに嵌った彼を見たくないという思いもあったからだ。
「占いや、宗教なんて、クソッ食らえだ」
とまで言っていたのは、付き合っている時、彼は自分に対して屈辱を味わわせたその男に上下対象を見たのかも知れない。
――本当に彼は自殺だったんだろうか?
翔子はそう感じると、目の前の田村が上下左右と対照になっているように見えた。その顔は翔子をぎこちなく眺めていて、屈辱に顔を紅潮させていた彼を思い出させた。
「オーロラってね」
といきなり、田村が口を開いた。
「えっ?」
「オーロラって、股の間から覗くと、左右対称にも見えるらしいんだ。あれこそ、サッチャー効果の代表的なものなんだよ」
と言って、ニヤッと微笑んだ。
その顔が、自殺した彼の顔にソックリで、今が夢の世界にいることに気がついた。
――左右対称が、私と麻衣で、上下対照が、近藤と彼だったのかも知れない――
そう思うと、彼の存在はおろか、麻衣の存在まで、裏の自分が作り出した虚栄だったのかも知れないとも感じられた。
――左右対称には見えても、上下対照を感じることができないのは、別の次元のなせる業なのかも知れない――
翔子の発想は、果てしないものだった。
気がつくと、自分の部屋にいて、夜更かしをしていたことを次第に思い出していた。
「夜更かしをしているうちに夢の世界に入り込んでしまったのかしら?」
誰もいない部屋でそう呟いた。
時計を見ると、深夜の三時、テレビからはシンフォニーが流れていた。その映像に写っているのはオーロラで、映像は上下逆さまに写っているかのように見えていたのだった……。
( 完 )
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作品名:オーロラとサッチャー効果 作家名:森本晃次