オーロラとサッチャー効果
この物語はフィクションであり、登場する人物、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。
結界
新宮翔子はその日、久しぶりに夜更かしをした。翌日が休日であるということもあってか、テレビを見ているうちに、それまであった睡魔がいつの間にか消えていた。翌日が休みだと言っても、今までは夜更かしすることなく寝ていた。つまり、
――眠たい時に寝る――
という、ごく自然な生活をしていたのだ。
その日は、何か寝るのがもったいないような気がした。眠たくなかったというわけではない。いつものように、午後十時には睡魔が襲ってきた。いつもと変わらぬ夜だった。その時間までには入浴も済ませ、軽い夕食も摂っていた。眠くならない方がウソだった。それなのに起きていた理由は、自分でもハッキリとしなかった。
一人暮らしを始めてそんなに経っていないわけではない。さすがに毎日がマンネリ化してきていた翔子は、一人で部屋にいても、家事に追われるだけで、何もやる気は起こらなかった。
――もう、三年も経ったんだわ――
短大を卒業して、都会に出てきての一人暮らし。
彼氏いない歴は年齢と同じで、まわりからはきっと、
「つまらない女」
とでも見られているのだろうと思っていた。
それはそれでかまわない。自分の気に入らない相手から好かれたいとも思わず、そんな人を相手にしなければいいだけだった。だが、そう思っているうちに気がつけば一人だけ浮いてしまっていて、会社でも話をする人はほとんどいなかった。
それでも短大時代には数人の友達がいて、中には今でも交流のある人がいたりするが、彼女にはれっきとした彼氏がいて、最近は翔子よりも彼氏の方が大切なのか、メールしても、返事が返ってこないことが多くなっていた。
短大に進んだのは、単純に勉強が好きではなかったからだ。高校を卒業してすぐに就職するというのは、翔子の考えにはなく、専門学校と短大を悩んだが、専門学校を決められるほど、何をやりたいのか決まっているわけではなかった。要するに、中途半端な考えしか持っていなかったのだ。
高校時代は、それでもまわりからは、
――天然ちゃん――
と言われて、結構相手にされていた。
他の女の子だったら、天然ちゃんなんてあだ名をつけられると、ショックに感じるのだろうが、翔子は別にショックに思うこともなかった。それがそもそも天然のゆえんでもある。
天然だと言われるようになってから、それまであまり交流のなかった友達が話しかけてくることが多かった。どうしてなのか、翔子には分からなかったが、どうやら、翔子には感性が強く備わっているようで、翔子の感性に魅せられた友達は少なくなかったようだ。
ただ翔子自身、自分に感性が備わっているなどと思ったこともなく、どういう意味での感性なのか、実はまわりもハッキリとしているわけではない。友達も敢えて翔子に感性が備わっているということを言ったことはない。友達としても、翔子は自分で自分に感性が備わっていることを知っていると思っていた。だからこそ、それをひけらかそうとしない翔子を見て、
「何て、謙虚な人なのかしら」
と、感心していたのだ。
実際には感性を感じていない翔子の、天然と言われることになるとは、まわりにとっては皮肉なことだった。
翔子の感性は、その発想にあった。
「翔子を見ていると、天然と感性は紙一重って感じがするわ」
と、まわりが翔子の知らないところで、そんな噂話をしていた。
この話が翔子にとって褒められているのかどうかは微妙なところであるが、決して浅はかに見られているわけではない。翔子を見ていると、天然も悪いことではないと思わせるだけの力がその頃の翔子には確かにあった。それなのに、短大を卒業してからの翔子のまわりからは、人がいなくなり、それが自然に見えてくるから不思議だった。
「天然ちゃんって、これほど人によって見え方が変わってくるなんて思ってもいなかったわ」
と、短大時代の友達が翔子に話をしたが、その時の翔子は、それが自分に向けられて言われたことだということに気付いていなかった。
就職してから、夜更かしをしなくなった。短大時代には、翌日学校が休みの日などは、テレビを見たり、ゲームをしたりして夜更かしをしていたが、就職してからの三年間は、翌日が休日でも夜更かしをせずに、規則正しい生活を送っていた。
――では、どうしてその日は夜更かしをしてみたくなったのか?
その理由は分からない。
確かに、夜更かしをするのが最初の目的ではなく、テレビを見ているうちに目が冴えてきたというのが直接の理由だったのだが、それだけではないような気がする。
その日の夜更かしは、何かワクワクしたものがあった。休日のその日に、何かがあるというわけではない。むしろ何か予定があれば、早々と床に就いて寝てしまえばよかっただけだ。横になることもせずにテレビを見ていたのは、何かを待っていたように思えてならない。
――では何を待っていたというのだろうか?
ハッキリとした形になっているものがあるわけではない。ただ、眠くならないことに苛立ちがなかった。今までの翔子であれば、眠らなければいけないわけではなくても、眠れない時は、精神的に苛立ちを覚えるのが普通だったからだ。
ただ、今までの翔子は、
――気がつけば眠ってしまっていた――
ということが多かった。
眠ってしまうまでの意識は残っていないが、眠りに就くまで、心地よい感覚に襲われているということは感じていた。
――感覚が心地よいのに、襲われていると思うのはどうしたことなんだろう?
自分が感じている感覚に、矛盾を孕んでいることに気付いている翔子は、この日もいつものように気がつけば眠ってしまっているという予感があった。
実際に、睡魔が襲ってきた感覚はあった。
――このまま眠ってしまうんだわ――
と感じると、それまで無意識に力が入っていた眉間が、こそばゆい感覚になってきていることに気付いた。
この感覚が睡魔を呼ぶことは前から分かっていたが、意識しても、眠ってしまえば、夢と同じように、目が覚めるにしたがって、せっかくの感覚を覚えていない。
睡魔に襲われながら、表にバイクが近づいてくるのを感じた。思わず、カーテン越しであったが、窓の方を見ると、少し表が明るくなってきていることが分かった。
――新聞屋さんが来る時間なんだわ――
あまり夜更かしをしない翔子だったが、たまに夜中に起きることがある。
目が覚めると、今度はなかなか眠れなくなってしまうのも今に始まったことではなかった。
夜中の二時頃に目が覚めて、気がつけば、四時を回っていたというのも珍しいことではない。そんな時、バイクの音が聞こえてきて、
――新聞屋さんだわーー
と感じたものだった。
しかし、ずっと夜更かしをして、朝方近くになるということはなかった。夜中に目が覚めてから、なかなか眠れない時間が二時間近くあろうとも、眠りに就いてしまうと、起きていた時間はあっという間だったような気がしている。
結界
新宮翔子はその日、久しぶりに夜更かしをした。翌日が休日であるということもあってか、テレビを見ているうちに、それまであった睡魔がいつの間にか消えていた。翌日が休みだと言っても、今までは夜更かしすることなく寝ていた。つまり、
――眠たい時に寝る――
という、ごく自然な生活をしていたのだ。
その日は、何か寝るのがもったいないような気がした。眠たくなかったというわけではない。いつものように、午後十時には睡魔が襲ってきた。いつもと変わらぬ夜だった。その時間までには入浴も済ませ、軽い夕食も摂っていた。眠くならない方がウソだった。それなのに起きていた理由は、自分でもハッキリとしなかった。
一人暮らしを始めてそんなに経っていないわけではない。さすがに毎日がマンネリ化してきていた翔子は、一人で部屋にいても、家事に追われるだけで、何もやる気は起こらなかった。
――もう、三年も経ったんだわ――
短大を卒業して、都会に出てきての一人暮らし。
彼氏いない歴は年齢と同じで、まわりからはきっと、
「つまらない女」
とでも見られているのだろうと思っていた。
それはそれでかまわない。自分の気に入らない相手から好かれたいとも思わず、そんな人を相手にしなければいいだけだった。だが、そう思っているうちに気がつけば一人だけ浮いてしまっていて、会社でも話をする人はほとんどいなかった。
それでも短大時代には数人の友達がいて、中には今でも交流のある人がいたりするが、彼女にはれっきとした彼氏がいて、最近は翔子よりも彼氏の方が大切なのか、メールしても、返事が返ってこないことが多くなっていた。
短大に進んだのは、単純に勉強が好きではなかったからだ。高校を卒業してすぐに就職するというのは、翔子の考えにはなく、専門学校と短大を悩んだが、専門学校を決められるほど、何をやりたいのか決まっているわけではなかった。要するに、中途半端な考えしか持っていなかったのだ。
高校時代は、それでもまわりからは、
――天然ちゃん――
と言われて、結構相手にされていた。
他の女の子だったら、天然ちゃんなんてあだ名をつけられると、ショックに感じるのだろうが、翔子は別にショックに思うこともなかった。それがそもそも天然のゆえんでもある。
天然だと言われるようになってから、それまであまり交流のなかった友達が話しかけてくることが多かった。どうしてなのか、翔子には分からなかったが、どうやら、翔子には感性が強く備わっているようで、翔子の感性に魅せられた友達は少なくなかったようだ。
ただ翔子自身、自分に感性が備わっているなどと思ったこともなく、どういう意味での感性なのか、実はまわりもハッキリとしているわけではない。友達も敢えて翔子に感性が備わっているということを言ったことはない。友達としても、翔子は自分で自分に感性が備わっていることを知っていると思っていた。だからこそ、それをひけらかそうとしない翔子を見て、
「何て、謙虚な人なのかしら」
と、感心していたのだ。
実際には感性を感じていない翔子の、天然と言われることになるとは、まわりにとっては皮肉なことだった。
翔子の感性は、その発想にあった。
「翔子を見ていると、天然と感性は紙一重って感じがするわ」
と、まわりが翔子の知らないところで、そんな噂話をしていた。
この話が翔子にとって褒められているのかどうかは微妙なところであるが、決して浅はかに見られているわけではない。翔子を見ていると、天然も悪いことではないと思わせるだけの力がその頃の翔子には確かにあった。それなのに、短大を卒業してからの翔子のまわりからは、人がいなくなり、それが自然に見えてくるから不思議だった。
「天然ちゃんって、これほど人によって見え方が変わってくるなんて思ってもいなかったわ」
と、短大時代の友達が翔子に話をしたが、その時の翔子は、それが自分に向けられて言われたことだということに気付いていなかった。
就職してから、夜更かしをしなくなった。短大時代には、翌日学校が休みの日などは、テレビを見たり、ゲームをしたりして夜更かしをしていたが、就職してからの三年間は、翌日が休日でも夜更かしをせずに、規則正しい生活を送っていた。
――では、どうしてその日は夜更かしをしてみたくなったのか?
その理由は分からない。
確かに、夜更かしをするのが最初の目的ではなく、テレビを見ているうちに目が冴えてきたというのが直接の理由だったのだが、それだけではないような気がする。
その日の夜更かしは、何かワクワクしたものがあった。休日のその日に、何かがあるというわけではない。むしろ何か予定があれば、早々と床に就いて寝てしまえばよかっただけだ。横になることもせずにテレビを見ていたのは、何かを待っていたように思えてならない。
――では何を待っていたというのだろうか?
ハッキリとした形になっているものがあるわけではない。ただ、眠くならないことに苛立ちがなかった。今までの翔子であれば、眠らなければいけないわけではなくても、眠れない時は、精神的に苛立ちを覚えるのが普通だったからだ。
ただ、今までの翔子は、
――気がつけば眠ってしまっていた――
ということが多かった。
眠ってしまうまでの意識は残っていないが、眠りに就くまで、心地よい感覚に襲われているということは感じていた。
――感覚が心地よいのに、襲われていると思うのはどうしたことなんだろう?
自分が感じている感覚に、矛盾を孕んでいることに気付いている翔子は、この日もいつものように気がつけば眠ってしまっているという予感があった。
実際に、睡魔が襲ってきた感覚はあった。
――このまま眠ってしまうんだわ――
と感じると、それまで無意識に力が入っていた眉間が、こそばゆい感覚になってきていることに気付いた。
この感覚が睡魔を呼ぶことは前から分かっていたが、意識しても、眠ってしまえば、夢と同じように、目が覚めるにしたがって、せっかくの感覚を覚えていない。
睡魔に襲われながら、表にバイクが近づいてくるのを感じた。思わず、カーテン越しであったが、窓の方を見ると、少し表が明るくなってきていることが分かった。
――新聞屋さんが来る時間なんだわ――
あまり夜更かしをしない翔子だったが、たまに夜中に起きることがある。
目が覚めると、今度はなかなか眠れなくなってしまうのも今に始まったことではなかった。
夜中の二時頃に目が覚めて、気がつけば、四時を回っていたというのも珍しいことではない。そんな時、バイクの音が聞こえてきて、
――新聞屋さんだわーー
と感じたものだった。
しかし、ずっと夜更かしをして、朝方近くになるということはなかった。夜中に目が覚めてから、なかなか眠れない時間が二時間近くあろうとも、眠りに就いてしまうと、起きていた時間はあっという間だったような気がしている。
作品名:オーロラとサッチャー効果 作家名:森本晃次