タイトル未定
でも、自分はその言葉の通りの経験をした。目の前からけーちゃんが居なくなって始めて、彼女が自分の中でどれだけ大きな存在になっていたのかを知った。
「それは許してほしい。仕方がなかったんだ。だって、俺が自分のこの感情に確信を持てたのは君がいなくなった後のことだったから。」
そして、自分が彼女に懐《いだ》いていた感情というものが恋と言う感情であるのだとようやく自分に証明する事ができた。
「君がある日突然いなくなって、俺はそうやって初めて、どうしようも無いくらいの感情を抱いているのだと実感した。いや、痛感した」
人生は選択の連続だと言った立派な人間がいた。確かにそうだと俺は共感した。
「だから俺はずっと後悔をしていた。どうしてもっと早く自分の思いに確信を持てなかったのかと自分を恨んだ」
けれど、俺は人生というものは失敗と後悔の連続だと思い続けていた。それは今も変わらない。
「君がいなくなってからずっと、俺は会うことのできない君にいつか想いを伝えたいと思っていた。だから」
俺は今も後悔している。過去の選択を違《たが》え、失うことになった彼女とのもしもの時間を望み、それを手にできなかったことをずっとずっと悔やんでいる。
「だから今。君と本当に再会する事ができた今」
後悔を拭うことはできない。やり直すことはできない。けれど、後悔に選択を重ね、別の失敗や後悔で上塗りをすることならできる。だから俺は選択を重ねることにした。
「俺はずっと伝えたかった事を君に伝える」
どんな結末でもいい。ただ、俺は俺を蝕む後悔の記憶を新しい後悔で塗りつぶすことができればいいと思った。
きっと、彼女は優しすぎるから俺を拒絶しない。だから俺は想いを伝えてしまえば後悔することになる。まるで彼女の優しさに付け込んだかのように感じてしまって、俺はどうして自分の感情を押し付けてしまったのだろうと後悔することになる。
話に聞いた彼女の感情はあくまでのあの夏の少女のものだ。今の彼女のものとは違う。
正直、どうなるかはわからない。怖くて怖くてたまらない。
けれど、もう決めたことだ。俺の選択したことだ。
どうにでもなれ。
「けーちゃん。俺はずっと。ずっとずっとずっと…君のことが好きだった。最初は一目惚れだった。でも、ほんの一夏の間だったけれど、時間を共有するにつれてどんどん好きになっていった。根拠の無い感情からどんどん根拠のある感情になっていった。だからこれは絶対に嘘じゃ無い。俺は、君のことが好きだ」
言い切った。言い切ってしまった。心臓がばくばくとさっきよりもわかりやすく暴れた。
けーちゃんがどんな顔をしているかわからない。相変わらず両手で顔を覆っているから。
ほんのすこしの間、俺はどんな行動を今この場所で起こすべきなのか考えた。引くにも押すにも微妙な雰囲気になってしまったからだ。けれど、俺が動くよりも前にけーちゃんが動いた。
「………も」
「…え?」
けーちゃんは手で隠しながらうつむき気味になっていた顔をバッと上げ、直前まで顔を覆っていた両手で自身の服をぎゅっと握りしめ、声を張り上げた。
「私も!私もずっとあなたのことが好きでした!ずっとずっとずっと!あの夏からずっとあなたの事を忘れるなんてできませんでした!何時頃からなのかはわかりませんが、あの夏の時間に私は確かにあなたのことを好きになりました。朝ごはんを一緒に食べた時も、ラジオ体操の間も、いつもいつも私は気づけば凌くんのことを目で追っていました!それほど私はあなたのことが好きだったんです!」
本当に嬉しかった。彼女が自分を好きだと言ってくれることはこれまでの会話でなんとなくわかりきっていた。けれど、実際に言葉で伝えられると予想した板よりも喜びの感情というものが強かった。
「ほ、本当か?!」
思わず聞き返してしまった。
「ええ!本当です!」
はっきりと自分を主張するようにけーちゃんは言った。相手に合わせて自分を殺していたあの夏の少女とは違い、はっきりと自分の意思を主張した。
そういえば、川祭りの話をした時にも同じように彼女が自分を主張した時があったなと思った。そして−
「じ、じゃあ!俺と」
「その…それはできません。ごめんなさい」
俺の言葉を遮って言ったけーちゃんのこの言葉も確かに彼女が自分の意思を主張したものだった。
「え?」
俺はそんな腑抜けた反応を返すしかできなかった。
「私は確かにあなたのことが好きです。ですが、あなたと恋人の関係になることはできません」
「そんな…それは、どうして」
「………あなたのことが好きだからこそです」
言っている意味がわからなかった。本当に、何を思って彼女がこんなことを言ったのか俺にはわからなかった。
「私はあなたのことが好きです。あなたには幸せになってほしいです。だからこそ、私はあなたと恋人同士の関係になることはできません。私にはあなたを幸せにすることができませんから」
けーちゃんは両の瞳から涙を流しながらも、確かに微笑んだ。それが彼女の強がりだということは声が震えていることからも簡単にわかった。
「そんなこと無い。君は…けーちゃんは俺のことを幸せにできる」
「いいえ。私には無理です」
「そんなこと無い」
「無理です」
「違う」
「無理です」
「そんなこと無い」
「無理なんです!」
もう。彼女の顔はくちゃくちゃだった。涙でってのもあるけれど、確かに今日一番に顔が歪んでいた。
「場所を変えましょう」
そう言い、けーちゃんは歩き始めた。俺は彼女の後を追った。
「この場所で、もう一度あなたと話したかったんです」
そうやって連れてこられたのはあの夏に二人で花火を見た神社だった。
いつも通り人気なんて全く無かった。
あの夏の夜と同じように階段の最上段に二人並んで座ると、けーちゃんは中断された話を再開しようと、おもむろに口を開いた。
「一つ、私にあなたを幸せにできるのだと仮定しましょう」
「仮定じゃなくても確かに君は俺を幸せにできる」
「もう。話の本題はそこでは無いんです」
けーちゃんは拗ねるように頬を膨らませた。
「でも…だとしても、私はあなたと恋人の関係にはなれません」
「どうしてそこまで嫌…拒絶するんだ?」
「別に拒絶しているわけではありません。私も、叶うことならあなたと恋人の関係になりたいです」
「だったら…」
「いいえ。ダメなんです。私ではダメなんです」
「だからどうして!」
「私よりもふさわしい人がいるからですよ!」
せっかく泣き止んだけーちゃんは再び泣き出してしまった。
「私よりも、あなたのことを幸せにしてくれる人がいるんです。だから私じゃダメなんです」
けーちゃんが言うもっとふさわしい人と言うのが誰なのかと聞いてしまうほど俺は無粋な人間じゃあなかった。
「だとしても。あいつの方が君よりも俺を幸せにできるのだとしても。俺は君を選ぶ」
「……やめてくださいよ。私には自分の好きな人の幸せの責任を背負えるほど度胸はありません。私はそんなにできた人間ではありません。だから、そんな優しい言葉をかけて私を迷わせないでください。私はもう、昔の私を捨てると決めたんです」