タイトル未定
そうやって会話をしながら案内をされた先は境内の階段を上りきった先、神社の本殿の目の前だった。ここはつい先ほどしらのが巫女舞を披露していた会場でもあった。
俺はそこで、俺に会いに来たという客達を見て「どうして」と言葉を漏らした。ドラマティックの欠片もない陳腐なリアクションだなと自分で思った。
「どうしてじゃねぇよ。祭りに行けなくてお前が悲しんでると思ったから来てやったんだよ」
「そうだぞ!感謝しろよ!りんご飴とかたこ焼きとか買って来てやったんだぞ」
和志と彰人が両手いっぱいに持っていたビニール袋を小さく持ち上げて見せた。
「おまえら…」
「その、いきなり来てしまってごめんなさい」
けーちゃんはどういった表情をすれば良いのかわからないというように、少し戸惑った様子で笑った。
「で、凌はどう思う?」
「どうって何が?」
俺たち三人とも浴衣だろ?と、和志は袖をひらひらさせて見せた。
「あぁ。みんな似合ってるな」
「あーもー!ちげぇよ!そう言うことじゃない!」
彰人が地団駄を踏みながら声を荒げた。
「「姉ちゃん。可愛いか?」」
流石に、これ以上のお膳立てはいらなかった。
「もちろん。可愛いよ」
「あ…ありがとう…ございます」
けーちゃんはいつものように口元を隠すように両手のひらを指の腹だけ合わせながら、吃るように言った。
「じゃあ俺たちはもう帰るから。はい、これとこれあげる」
俺は和志に渡された袋を素直に受け取った。
「え?」
何が起こっているのか分からないといった様子でけーちゃんは驚きの声を漏らした。俺も同様で、「何言ってんだよ」と、和志に言葉の補足を求めた。
「いや、俺たちはこれを婆ちゃんと食べるからさ!」
「そうそう!だから先に帰るね!」
「あ、そういうことなら私も…」
「だめ!姉ちゃんは凌と花火を見ないと!」
「そうだぞ!そのために来たんだから!」
「あ!ちょっと彰人!」
けーちゃんが彰人の言葉に怒ったような反応をしてみせると、二人は慌てて走り去って行ってしまった。「姉ちゃんをよろしくな」と和志が吐き捨てて。
二人の背中が見えなくなると、けーちゃんは申し訳なさそうに言った。
「えーっと…その、一緒に花火を見ていただけますか?」
いつの間にか一輝の姿がなくなっていて、階段の下の広間のような場所の片付けも終わっていた。つまり、俺が彼女の誘いを断る理由なんか何一つとしてなかった。
そこから先はいつも見る夢の通りだった。
境内の階段の最上段に座り、二人でたこ焼きや焼きそばを分け合いながらすでに半分近く終わってしまった花火を見た。
「けーちゃんはさ、どうして花火が好きなの?」
「どうして…ですか。そうですね。一番楽しかった思い出が花火のおもいでだからでしょうか」
「一番楽しかった思い出?」
「はい。和志と彰人が5歳ぐらいの頃、一度だけ家族五人で近所の花火大会に行ったことがあるんです。あまり外に出たがらない母がめずらしく一緒に行くといい、初めて家族五人で出かけた日でした。その時の花火はあまり大きなものではなかったですが、それでもやっぱり、私が花火を好きになるには十分すぎる理由でした」
初めて手にした家族での思い出。大切なその時間を思い出しながら語った少女がどんな表情をしていたのかはわからない。
わざと彼女の顔を見ないようにしていたわけではない。俺はただ彼女と話をしながら花火に意識が向いていただけだ。だから彼女の顔を見ていなかっただけで、別に彼女から目をそらしていたわけではない。
しばらく互いに互いの顔を見ることなく花火を眺め、互いの過去を教えあうように会話をしていると、夜空を彩る花火は強さを増していった。最後の瞬間が近づいていた。
遠くで上がる花火が俺たちを照らした。それほど大きな花火だった。
その花火の音に紛れ、「ねぇ、凌くん」とけーちゃんの声がした。
俺は驚いて彼女の方を見た。今までで一番砕けた話し方だったから俺は思わず彼女の方を向いてしまった。そして、すぐに目を逸らした。
「私たち、また……会えるかな」
震える声をひねり出した彼女は泣いていた。
花火の光に紛れるように、両の瞳から涙を流していた。
「っ…!」
無責任な俺は言葉を返せなかった。その代わり、彼女が新たに言葉を紡いだ。
「凌くん。手、握ってもらえますか」
俺は言葉で返事をすることなく、無言で彼女の手を握った。
「ありがとうございます。しばらくこのままで……」
そうやって、俺たちは花火が終わるまで手をつないでいた。
ふと横目で彼女の方を見ると、持っていた巾着袋に制汗剤のようなものが見えた。風に流される彼女の匂いはいつものもので、俺はその制汗剤の香りが彼女の香りだと認識していたことを知らされた。
手から伝う彼女の柔らかさ、背中に伝う夏の粘っこい汗、花火に紛れた二人分の息づかい。
一つ一つのすべての物事が、変に俺の頭の中に入ってきた。
「じゃあそろそろ帰りましょうか」
花火が終わり、つないだ手を解きながら彼女が言った。
手から離れた温もりをやけに寂しく感じた。
あぁ。そういえばそうだった。すっかり忘れていた。それを思い出した。
あの時、俺は彼女の手を握っていなかったわけではなかった。
ただ、一度握った彼女の手を離してしまっただけだ。
歩き始めた彼女の手を、自分と比較してかなり白い彼女の手のひらを再び握ることができなかっただけだ。
まぁどちらにせよ、後悔をしていることには変わらない。
その日の夜遅くに彼女が居なくなるのだと知っていれば俺の行動が変わったのかもしれないが、そんなことを今更言ったところでどうにもならない。
最初からやり直したいだなんて願いは叶わない。
だからこそ、俺は後悔に苛まれ続けた。
そんな俺に転機が訪れたのはあの夏から四年が経った頃、死にたいという言葉をしらのに聞かれてから一年が経った頃、大学一年生の夏の時の事だった。
スターティングオーヴァー。それは叶わない願いだ。
第4幕:上書きの夏
けーちゃんと花火を見た日の夜中、どうしても寝付けなかった俺はパピコを持って外に出た。
もしかしたらこの前のようにけーちゃんも起きていて、その時と同じように一緒に星でも見ることができるかもしれないと思ったから。けれど、俺を待っていたのはそんな美しい時間ではなかった。
外に出ると和志が居た。和志はぼうっと空を眺めていて、頬には涙の流れた跡があった。
「なに泣いてんだよ」
声をかけると、和志がびくりと肩を震わせた。
「泣いてねぇよ」
「ダウトだね。涙の跡がついてる」
和志はハッとして頬や目元の涙の跡を拭いとった。
「そんなとこまで見てんじゃねぇよキモいな」
「はいはい。で、なんで泣いてたんだよ」
「……俺、帰ることになったんだ」
なんとなくだけれど分かっていた事だった。こいつと彰人が変に気を遣ってきたのにも納得がいった。
「いつ、帰るんだ?」
「……明日」
「そうか…。随分と急なんだな」
「もともと父さんと母さんの用事が済めば帰る予定だったからな」
「で、それが済んだのが今日だったって事か?」