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タイトル未定

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 夏場なんてとくに、寝付けない夜は三十分歩かなければ辿り着けないコンビニまでわざわざ歩いていって24個入りのピノを買い、それをゆっくり食べながら散歩をするのが俺にとっての至高の時間となる。個人的にはアーモンド味を最後まで取っておくのがお気に入りだ。
 まぁ何はともあれ、今日はそんな元気もないため買い置きのアイスで我慢することにしたわけだ。
 家の前の石段のような場所に座って星を眺めていると、不意に声をかけられた。
「りょう…くん?」
 鼻が詰まったような少しくぐもった高めのその声は言うまでもないけーちゃんのものだった。
 けーちゃんはパジャマ姿に薄手のカーディガンを羽織っていた。
「俺だぞ。けーちゃんはこんな時間にどうしたの?」
「あぁいえ。少し寝付けなくて。りょうくんはどうして?」
 歩み寄ってくるけーちゃんに「俺も寝付けなかった」と返し、俺は手に持っていたパピコを片方渡した。
「あ、ありがとうございます。その…隣、座ってもいいですか?」
 恐る恐るといった様子で聞いてくるけーちゃんの様子を見て、俺は微笑んだ。
「もちろんいいよ。眠くなるまでの間、少しだけ話でもしよう」
「……はい!」
 この夜の出来事が、彼女との一番楽しくて汚れの差し込まない一番美しい時間だった。隣に座る彼女の甘いシャンプーか何かの香り、彼女の息づかい、彼女の体温。どれもが美しかった。
「りょうくんはどんな子供だったんですか?」
「俺は昔、今よりももっと元気な子供だったよ」
「元気…ですか」
「ああ。小学校の時なんて虫を取りにいろんなところを走りまわったりしていたな。今の俺からは想像もできないだろ?」
「そうですか?りょうくんは今も…その、なんて言えばいいのか…。そうですね。りょうくんはいまも運動をしているときはとても生き生きとしていますよ」
「そうなのか。自分じゃあ気づかなかったな」
「はい。そうなんです」
「けーちゃんはどんな子供だった?」
「私は…そうですね。今と比べて随分と子供っぽい子供でした」
「なんだそれ」
「悲しいことがあればすぐに泣き、嬉しいことがあれば声を大にして喜び、自分に不都合があれば怒って駄々をこね。まぁ、そんな感じの子供でした。どうです?今の私からは想像できないのではないですか?」
 この時に彼女が浮かべた笑みは自虐的なもので、俺はそれに触れるべきではないのだと思った。
「たしかに想像できないな。てっきり、今よりももっとおとなしかったんだと思ってた」
「ふふふ。よく言われます」
「……」
「……」
「…」
「…」
 いつの間にか、俺の意識は完全に夜空の星には向かなくなっていた。
「けーちゃんはいつまでこっちに居るの?」
「……」
「たしか、そう長くは居られないんでしょ」
「はい。両親の都合でおばあちゃんの家でお世話になることになったんです」
「最後に見送りをしたいからさ、帰る日が決まってるなら教えて欲しい」
「それは……いえ。大丈夫ですよ。まだ私は帰りませんから」
 うまく言葉を躱されているような気がした。
「来年も……こっちに来るの?」
「……それは、まだわかりません」
「俺たち、また会えるのか」
「…はい。きっと」
 きっとまた会いましょうと彼女は言った。その時の彼女の表情は、母親ば子供をあやすような、必要以上の優しさがにじみ出るような笑みで象られていた。
 後になって思い返せば、彼女とこうやって二人きりで時間を気にすることなく意味のない会話をしたのは初めてのことだった。
 朝になり、俺は頭を抱えた。
 恐れていた最悪の事態が起こってしまった。
 毎朝流れる町内放送でのいつもと違うアナウンス。それは、川の増水が収まらないことを理由とする川祭りの延期のアナウンスだった。そして、延期先は翌日。神社の夏祭りと同じ日程での開催が決まった。


「本当にごめん。明日なんだけど、俺は行けないんだ」
「そう…ですか」
「ごめん。本当にごめん」
「いえ。大丈夫ですから気にしないでください」
 俺はただ、けーちゃんに謝るしかできなかった。和志と彰人は怒って何処かに行ってしまった。ああとになって思えばあって2週間足らずの人間との約束を守れないからといってここまで謝る必要があったのかは疑問だが、俺はそれでも謝り続けた。 
 ふと、ちょうど1週間後に少し離れた大きな町で同じような花火大会があることを思い出した。電車を乗り継いでいく必要があるがそれに三人を連れて行こうと思った。
 必ず埋め合わせをするから、明日はどうか三人で楽しんできてほしいというと、けーちゃんはやっぱり「大丈夫ですから気にしないでください」としか返してくれなかった。
 彼女が怒っているであろうことはよくわかった。
「で?お前明日どうすんの?」
 そんな風に一樹が聞いてきたのはリハーサルが終わって道具を屋内にしまっている時のことだった。
「は?何がだよ」
「何がって、川祭りが延期になったわけじゃねぇかよ
「あぁ。そうだな」
「おまえなー」
 大きくため息をつきながら、一輝はマジかという様子で大げさに頭を抱えて見せた。
「デートの約束してたんだろ?どうすんだよ」
「どうするって、そりゃあこっちがあるんだから断ったよ」
「いやいやいや。別にいいんだぜ?もともとお前はこっちの人員にはいなかったわけだし、俺が無理に誘ったわけだから川祭りに行きたいとお前がいえば俺はそれを叶えてやる義理があんだよ」
 あぁなるほど。こいつは気を使っているわけかと気がついた。やっぱり一輝はいい男だよ。しらのが選ぶわけだと納得した。
「いや、いいよ。俺は途中で投げ出すほど無責任じゃない」
「……どっちにしろ…」
「え、なんだって?」
「……いや、それじゃあ明日よろしくな。なめた仕事ぶりだったらあの子に怒ってもらうからな」
「ああ。まかせとけよ」
 とっちにしろ無責任だろという図星をついてきた一輝の毒《ことば》を俺は聞こえなかったふりをしてやり過ごした。
 そうして迎えた祭り当日。8月も半ばにさしかかろうかという暑い日。
 俺は、およそ2週間ぶりに自宅で朝食をとった。
 
 この部分の過程は必要ないから結論を語ろう。
 祭りは失敗に終わった。
 理由は考えるまでもない。神社の祭りは出店と言えるようなものがなく、巫女舞と盆踊りという二つの催し物のみで集客をしているものだった。比較して川祭りのほうは日本でも指折りの巨大花火大会で出店もかなりの量が出る。どちらの夏祭りに行きたいかと道行く人に聞けば、後者を選ぶだろう。
 だからこそ、五時に始まった神社の祭りには総来場者が百人もいなかった。
 巫女舞をやっている時間帯がピークで、そのあとの盆踊りの時にはすでに皆が帰っていて、まるで身内だけで面白おかしく騒いでいるかのような状況になってしまった。
 そして祭りは当初の予定よりも大幅に早く六時半には終わりを迎えた。
 その後、鳴り始めた花火の音を聞きながら櫓などの後片付けをしていると、俺は一輝に呼び出された。
「どうしたんだよ。まだ片付け終わってないだろ」
「まぁそう言うなよ。お前に客だぞ」
「客?」
作品名:タイトル未定 作家名:リクライ